


【第1空間】:家族、親族、兄弟関係
【第2空間】:学校(偏差値と知の位階制)、職場
【第3空間】:部活動、サークル活動、塾・予備校 友達付き合い、恋愛関係
◆偏差値教育で馴化された人達が第1・第2・第3で上手く生きていく指標として考えるような事
ファッションセンスの良さ、外見の良さ、学業・部活動・仕事の実績、社会で通用する免許・資格
→その場でのヒエラルキーでの立ち位置が決まる
【第3.5空間】:漫画・アニメ・TV番組
【第4空間】:
読書・私的執筆、肉体的鍛錬・ジム、ARTの活動
ART鑑賞:音楽・絵画・映画・ファッション・ダンス鑑賞
居酒屋、ゲームセンター
フリーターのバイト
【第4.5空間】:
精神科医、カウンセラー、法律相談窓口
芸能界の人に対する追っかけ(?)ファンとしての活動
宗教、占い
【第5空間】:神学的領域(?)、理の探求、法を拠り所とする精神
(-_-)<言葉と直観でとらえる???
もし、法律・道理・法に長けた知識とセンスがあれば普通に社会の中でそこを寄る辺として生きていくことができるだろう。
法律に関してはよほど追い詰められた人以外はその相談窓口を頼らないのが一般的なようだ。
精神科医療の相談窓口も日本社会では差別と偏見の目で見られる事が多くあり、海外でも相談履歴があることが明かされると企業への採用にひびくものがあるらしい。
宗教に関しては、日本社会では、先程までこの執筆の邪魔を音声でしていた井本友江のような女性は偏見の目で見る人がいまだに多いらしい。
個人的な能力・才能・資質・生育環境・生活環境関係なく弱い者にも平等な窓口となりうるのが、第4.5空間の窓口なのかもしれない。安価で心の支えとなり、道理・法がよく理解でき承認の供給の窓口となるような、【第4・第4.5・第5空間の窓口】があれば、そこに人は吸引されていくのは必然だろう。
公安の主な監視・警戒対象となるのは、左右の政治活動をする者以外では、
第5空間と関係する探求を国家の管理と関係なくする、
【第3空間のサークル活動、第4空間の読書・私的執筆内容をネット空間でする者達】
などだろうか?
Qちゃん「さっきの第1~第5の分類で色を使いましたが自己分析できますか?」
Nobu「紫色が国家が尊ぶ領域として認識している世界です
オレンジ色は僕個人の個人的好みが現在強く出ているところです
ブルーはどんな人でも正常で安心できる交流の場としてあって欲しいところです
赤色は追い詰められた時の心の避難所として常に正常に拠り所としてあって欲しい所です」
Qちゃん「ではNobuの認識では、国家は偏差値による知の位階制を尊び、学校・仕事・部活での公式記録としての実績を尊び、それらの結果として公式に残された社会で通用する免許・資格を尊び、また国民に公にされていない人間社会を管轄する従うべき理を尊んでいると思っているのですね?」
Nobu「はい。そして国家の右派が蔑んでいるのは、僕の家族、僕の私的な読書と執筆活動に基づく理の探求と法を拠り所とする精神と、学校教育に基づくものとしてあまり表れていないARTの活動であると思っています」
Qちゃん「三浦明紀子が潰しにかかってきたのは?」
Nobu「僕の絵での表現活動です」
愛ちゃん「沢山の支持者がいてブームにもなっていたらしいのにね」
Qちゃん「本名不明女と福山望と井本友江が潰しにかかってきたのは?」
Nobu「僕の友達付き合いと相互承認の心で、僕が他の人から対等な人間か同じ人間とみなされるような精神です」
瞳さん「まぁ、疎遠気味な対人関係が多かったけどね。あなたの御両親と御兄弟と祖母からの承認の供給をはやく断ちたいという人が、偉そうな態度で接する事が多いのでしょう」
Qちゃん「中塚尚子が潰しにかかってきたのは?」
Nobu「聞こえる音声の範囲では僕の読書と私的執筆活動です」
Qちゃん「国家の右派が君から断っていきたいのは?」
Nobu「他者を敬い愛する心ではないでしょうか。そして自分自身を愛する心ではないでしょうか?他者からの承認の窓口を閉じていき正常な情報提供の窓口も断っていき、国家が選んだ声で活躍するエリート達に配役を考えて声を発してもらい、ナルチドーの流れ(?)をコントロールしていこうとしたのではないでしょうか?自己に対する正常な鏡像を与えずに自尊心を激しく傷つけるような言葉を連呼し、心身の安全が守られないような脅迫行為の音声を流す事を日常的に科学警察系の音響研究機関と連帯して、作戦会議もひらいて行われていたのではないでしょうか?」
Qちゃん「あなたの表現活動でヒットかホームランを放っていたのは?」
Nobu「理の探求から集めた本の読書から得た私的執筆活動と、ARTでの表現らしいです」
愛ちゃん「その時、三浦明紀子と井本友江は何をした?」
Nobu「外出先に現れず上から目線で眺めて、「いかにしてこいつと他者との連帯関係を断っていくか、いかにして自尊心をきずつけるか、造反組の活動実態を知られないか、共有している情報を知られないようにしながら表現活動の邪魔をしていくか、人の社会参加を妨害していくか」です」
Qちゃん「音声での日常生活範囲内での嫌がらせでのあなたとサヨクと社会の大抵の人の共通認識ですね。実際にあなたが当てている事態の推測について書いてみますか?」
Nobu「2度書くのは何か直観的なルールに反する感じがします。所持品窃盗犯が外した表と裏のノートを護る部分のないノートを見てのとおりです」

愛ちゃん「まだまだNobuに隠している情報は沢山あるよ」
Qちゃん「偏差値による知の位階制と公式記録として社会で通用する免許・資格で一番イキがっている人で外に寄る辺として言論人として他の知識人からしたら(魅力が)足りないのは?」
Nobu「山形浩生ですね。その名をあげてあなたの私生活範囲で積極的に言及している人はいますか?僕の私生活範囲ではあまりいませんし、そんな人知らない、と言われます」
Qちゃん「私の周りではいますよ」
愛ちゃん「あなたの成育歴やこれまでの人生の流れを公式文章で書くような感じで教えて下さい」
Nobu「1981年2月5日岡山県生まれ、幼稚園から西宮育ち(岡山でも幼稚園に通っていましたが)。夙川幼稚園卒業、夙川小学校卒業、大社中学卒業、西宮甲山高校3年まで通学、神戸青雲高校卒業、2002年放送大学入学、2002年山形浩生関係者により私刑にあい自殺殺人へと追い込もうとされる。
2002年6月頃通信傍受されている事を少し意識しだす(その後気づいている期間と気づいていない期間が交互にある)、2002年9月頃自宅自室内が盗撮盗聴されている事を意識しだす(その後気づいている期間と気づいていない期間が交互にある)
盗聴盗撮個人情報漏洩(プライバシー侵害・通信の秘密の侵害)については気づいていないときはフタが閉じた状態
気づいて過去にあった事と話をつなげて(2002年以降の)状況を把握しようとしている状態(精神的負荷が強い)をフタが開いた状態
と言っています
2002年初夏頃に西宮甲山高校時代のクラスメイトが匿名掲示板2ちゃんねるに書き込んで僕にメッセージを送っている事に気づきました。2002年12月に見た「アソパソマソ」と名乗っていた人が匿名掲示板2ちゃんねるで一番怖い存在です。
2004年に河合塾大阪校(兄も中高時代の友達のプリン君も以前通っていた)に通いだしました。
模試では2ちゃんねる大学受験板のネタバレスレを見てから模試を受けた事もあります。
そうなる1ヶ月くらい前に宮台真司(旧:東京都立大学社会学部教授で社会学教授)はフジ実況板で
カンニングまだ~ チソチソ
という書き込みをして、予測通りの行動を僕はしていたのだと思います。
宮台真司は「~まだ~ チソチソ」書き込みを頻繁に使っていました。
宮台が2ちゃんねるのスレに僕関連で登場する時はそのAAが多く、同級生グループが右に流れた時にそのAAを好んで使って書き込みしていました。最初に気づいたのは2002年11月か12月頃です。
でも2ちゃんねるマスコミ板で過去ログを洗ってみたところ、2002年1月より前から宮台真司はそのAAを使い、僕の情報発信の場を見ていたようです。
2005年1月~3月はまっとうな受験ができず、(2004年12月か2005年1月に「フタが開く」事で大きな心的苦痛を感じた、といいうのもあります)2005年5月初頭頃に河合塾大阪校近くのレンタルデスクに通い、その後の9ヶ月間の勉強の成果(毎日レンタルデスクに通って5時間以上勉強していた)もあり、関西学院大学理工学部情報科学科に2006年2月に合格通知が届き、2006年4月に入学しました。
2006年2月の誕生日前後に、人生の中の経験で心的影響の強かった事をまとめて書いて
(ここで書いたような2ちゃんねると関係するような心的外傷体験についてはあまり書いていませんでした)
ARTへの愛と承認体験を読み取った者がおり、まだ関学合格通知が届く前に
「この人は関西学院大学文化総部絵画部弦月会に入るでしょう」
という予告が流れたようです。
2005年4月~2006年6月初頭頃までは
「フタが閉じた状態」で生活していました。
【フタが開いた精神状態】になったのは2006年6月頃に農林水産省の科学者たちが主に書き込みをするDGCメッセージボード(実名制)で「アンパンマンとは何者か?」という書き込み・スレ立てを(主に秦野彰二中心)数十件された事に起因します。
その直前に、僕は自分のブログ(はてなダイアリー上の(現在)「書を持って街へ出よう」ブログ)である本を読んだ人たちの反応の分類というものを書き(秦野彰二批判も含まれる)、同じ頃に弦月会の神原正弥くん(当時3年生)に
「2004年12月と2005年1月に何があったん?(なんでフタが開いてその時に激しい精神的苦痛を感じたの?)」と言われて、
「アソパソマソ」関係の事を言ったらその情報がDGCメッセージボードの秦野彰二に伝わったようです。
2006年弦月会夏合宿では、ミシェル・フーコー「監獄の誕生 監視と処罰」という本を持って行き、一人夜中に煙草をふかしながら徹夜で読んでいたりしました。当時の過剰なストレスは甚だしく、喫煙への逃避と読書にはしる事に精神がいき、とてもダサい服装(普段から、でしたがあきらかに服装への気遣いが欠けた服装でボロボロのTシャツ)を着て大学図書館(上ヶ原キャンパス)などへ通っていました」
愛ちゃん「国家が容認する所持品窃盗者の存在はずっと前からあなたの周りで活躍していましたが気づいていましたか?」
Nobu「あまり気づいていなかったです。当時は。最初に異変に気付いたのは2002年10月頃に、家族でスキー旅行に行くために購入したディープブルーのサングラス(転倒した時も壊れた事のないサングラス)を壊された事です。2003年夏頃か初秋頃まで、何度もサングラスを購入しても破壊されていました。最初にスキー用に購入し破壊されたサングラスは結構お気に入りで格好良かったと思います。親族(岡山に住む父の兄の住む家)から送られたお金も盗まれた後、返されたりしています」
愛ちゃん「父は知っていて兄も知っていて母とあなたがその実行部隊と国家と匿名掲示板2ちゃんねるの関係を知らなくて、今もあなたはそうした存在と置かれた事態に対する状況理解が不充分で情報公開されていないのですね?」
Nobu「はい」
愛ちゃん「承認の窓口の話をしましょう。2006年大学合格時、あなたの父藤田勝様は大学合格を喜んでくれましたか?」
Nobu「あまり、というか喜びの表情を浮かべて笑顔で承認の言葉とサインは送ってくれませんでした」
愛ちゃん「父の弁明は?」
Nobu「入学式の時に仕事休んで行ってやったやろう、です」
愛ちゃん「三田キャンパスに祖母と共に行った時は?」
Nobu「少しもうれしそうな顔をしていなかったし笑顔一つ見せてくれませんでした」
愛ちゃん「その他、親族の反応は?」
Nobu「母は喜んでくれて、兄は別の大学の合格通知が届いた時は「おめでとうございます」と言ってくれて、関学合格時には東京へ帰ってました。岡山の親族からは放送大学入学祝いの半額を送ってもらえましたが言葉による承認の花束は一言もありませんでした。下井家の反応はいとこの内一人だけ入学祝いのお好み焼き屋で少しほめてくれて、祖母も少しほめてくれました。下井康子様の反応はうちの父:勝様よりかは少しは肯定的評価があったかもしれません。でも、祝福の反応を示してくれたと言えそうなのは、母・兄・祖母・いとこで、母が一番身内では喜んでくれた人だと思います」
瞳さん「今まであなたの人生で承認の窓口となってくれた人が一番救ってくれるための窓口となり情報提供してくれて、国家によるあなたとあなたの母に対する差別から救ってくれそうですね」
愛ちゃん「造反組の存在ですね。承認の窓口での問題点で国家の態勢支持者の偏りでの問題で、2006年以降(関学合格後)の事で重要な事はと言えば他には?」
Nobu「弦月会の新入生展で神原正弥配置、三浦明紀子【自称弦月会のエリート部長】GOサインを出した、僕の絵を一番自尊心が傷つく最下位の位置に置かれた事が、弦月会で深く心が傷ついた事(当時)ではあります」
愛ちゃん「井本友江さんの絵はいい位置に配置されていましたね」
瞳さん「ええ、井本友江問題を知っている人はみんな知ってます」
愛ちゃん「その配置に個人的な(神原正弥【自称弦月会のスター】による異性への下心など)思いが込められている可能性は?」
Nobu「充分あるのではないでしょうか?神原正弥くん本人も「僕は井本友江が個人的に好みのタイプだ」と言ってましたし」
瞳さん「その時の体験はかなりキツいものである事が想像できます」
愛ちゃん「人生初の絵画部デビュー展覧会(大学の新入生展)で最下位の位置に置かれる心の傷付きはかなりのものだと思います。絵画部弦月会における絵の教育はどのようなものでしたか?」
Nobu「展示会での搬入・搬出の方法、キャンバスの作り方、くらいです」
瞳さん「具体的な絵を描く事の教育は弦月会では先輩から指導してもらえなかったのですか?」
Nobu「はい、ただ一人吹田英明さん(当時4年生)に2分くらい指導を入れてもらったくらいです」
愛ちゃん「にもかかわらず、弦月会部長経験者三浦明紀子と副部長経験者井本友江(弦月会同級生の中で一番実力不足なのに権力と就活での有利さを考慮した人?)は、絵に関してとても尊厳を傷つけるような形で2015年秋の戦争法案可決後から積極的にあなたの私生活範囲で威張りだしたのですね。国家と弦月会の結び付きとそのネットワークからあなたが外され精神科医療でも普通の客とみなされていなかった事はずっと知らなかったのですね」
Nobu「はい」
愛ちゃん「国家と弦月会の結びつきとそこでの差別的待遇の実態を知ったら、あなたは多分激怒すると思いますよ。あなたのお母さんもずっと被差別民であり被差別待遇でしたから」
瞳さん「本名不明女派・三浦明紀子派の狙いは
「怒っているのはオマエくらいだよー」という状態へと運び
その人達と連帯している人達が
「おい!造反組が藤田信之へと近づいて正常な情報提供し連帯する事がないように気を付けろよ!承認の窓口を閉ざしていけ!」
というように主に日本音響研究所と連帯して活動する事ですね」
Nobu「その通りだと思います」
愛ちゃん「承認の窓口の問題点で在学中に他に重要な事と言えば?」
Nobu「2007年8月末か9月頃の大学2年生春学期の、担当教授からの成績(?)・修得単位についての報告時に、教授室に行っても教授がいなかった事です。片寄先生という先生です。1時間以上三田キャンパスで待ちましたが、(西宮浜マリナパークから自転車と電車とバスで行きました)、先生はおりませんでした」
愛ちゃん「普通、「大学生活を頑張って無事卒業して欲しい」とか「この学生の健全な学生生活を祈りたい」という気持ちがあるならば、
「おお、藤田くん。しばらく普通の学生のように単位がとれていなかった時があったけど、何かあったの?今回は普通に人並みに単位がとれててとても嬉しいよ。今後も頑張って単位をとって無事卒業してね!」
という言葉による承認の花束がなく。
「不在」
というのは、多分君の人生を不幸な方向へと誘導したい精神科医による指図があったのでしょうね」
瞳さん「人は人生の中での承認の言葉で大きく人生の軌道が変わっていくものです」
愛ちゃん「多分、藤田くんは文部科学省の指示で大学学長の同意と担当教授の同意を得て学生時代の成績を公開されています」
弁護人「プライバシー侵害と個人情報漏洩で藤田くんに訴える権利がありますよ」
愛ちゃん「2007年夏合宿において他の弦月部員さんの藤田くんへの対応が表向きはかなりよかったのは、その時の成績開示の結果だったのかもしれませんね」
瞳さん「普通の学生は25・26歳のオッサン(田中語)があまり成績良くないと、差別の視線で見たくなるというのはあるかもしれませんね」
弁護人「2007年秋学期は佐藤医師が処方した薬によって、睡眠時間を大幅に増やされて授業も受けるのが困難だったのですね?」
Nobu「はい。澤木くんという同じく理工学部情報科学科生で、弦月会仲間の目撃があります」
弁護人「あの薬の処方でしっかりと目覚めて授業を受けに行き、授業を受けるというのはかなり困難だと思います」