【壮絶体験記】私が「自分」を失い、再び歩き出すまでの記録①
こんにちは統合失調症ママ♪めめ♪です社会人1年目の23歳で統合失調症発症。投薬を続けながら結婚し今は2児のママをしています🍀少しでも同じ病気の方のお役に立ちたいこの病気を正しく知ってもらい病気があっても明るく生きられる世の中にしたい🌸そんな願いを込めて、日々を綴っています🍀私の過去の体験談この記事には、私が統合失調症を発症した当時の少しショッキングな内容が含まれています。もし今、同じような不安を抱えて辛い気持ちの方がいたら、無理をせずにページを閉じてくださいね。病気があっても明るく生きられることを伝えたい。そんな願いを込めて、過去の自分と向き合ってみます。いつもは朝の工夫など明るい話題を書いていますが、今日は少しだけ、私の根底にある『病気との出会い』について書いてみようと思います。1番酷かった時は妄想、幻聴、幻覚がありました。私の場合半年くらの短い期間に一気に悪くなったので途中記憶が曖昧な部分が沢山ありますが、とにかく最初はうつ病のような症状が始まりでした。社会人一年目で、安定した会社OLの内定を蹴って不安定なモデルの道へ。自身の抱えている不安で押し潰されそうな時期に、母から父の借金で困っていると毎晩涙の電話が掛かってきて。それまでは持ち前の気力と体力で逆境に立ち向かっていたけれど、段々と「何をしても楽しくない」「常に落ち込んでいる」状態に。目の前のバイトやオーディションの予定をこなすも忘れ物や遅刻が目立つように。この時ググって自分はADHDなのかも、と思い受診を思い付き、調べるも病院は3ヶ月待ち。これで私は一旦諦めてしまった。この時病院に行っていれば、母との関係がもっと良くて相談できていたら、私はここまで悪くなって入院する事は無かったかも知れない。自分を過信していたのだろう。後悔しても時間は戻ってこない。この頃冬だったように記憶している。少し暖かくなる頃にはバイト先のアパレル店のストックでお化けの幻覚をみる。確か日本兵のようなお化けだった。その日本兵がとても喉が渇いていたからとトイレでびしゃびしゃになるまで顔を洗ったり、同僚に「私お化けが見えるんだ」と言ったり。あと少しで張り詰めた糸が切れそう、どうにかなってしまいそうと思うのを必死に堪えて、バイトに行き、オーディションも行っていた。時には電車で実家へ向かい、「水子の霊が見える」と母に「子供を降ろした事があるでしょ、その霊が憑いている」と乱暴に言い放った事もあった。今思えば全部幻覚なのだ。それでも私の両親は異変に気が付かず、また東京の1人暮らしの家へ送り届けてしまう。今でも鮮明に覚えているのは、オーディション帰りにモデル仲間にお茶に誘われた時、私が何か話すと目の前の友人の顔が信じられないくらい曇り出す。あのように人の表情の変わっていくさまは一生忘れられない。そのくらい何を言っているのか分からない、もう既に錯乱していたのだろう。今日はこのくらいでまた続きを投稿しますねこちらもメンタルを整えるのにオススメ🙌↓完訳7つの習慣 30周年記念版 [ スティーブ・R.コヴィー ]楽天市場完訳7つの習慣 人格主義の回復 [ スティーヴン・R.コヴィー ]楽天市場ぼくに7つの習慣を教えてよ! リーダー・イン・ミー [ フランクリン・コヴィー・ジャパン株式会社 ]楽天市場いいね👍やコメント📝励みになりまた遊びに来てねフォローはこちらから🍀めめの楽天ルーム始めました♪