今日出来る事は...今日しといた方が良いかも知れない

今日出来る事は...今日しといた方が良いかも知れない

最近 身体から濡れた犬の 匂いがします…皆さん なすび はお嫌いですか?

社会派blog
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葬儀当日


棺に入れる
服、写真、お気に入りの物を鞄に詰め
斎場へ


時間になり一週間ぶりに
母と対面する


一週間ぶりにみた母の変わり様に愕然とした


ドライアイスに閉じ込められた身体はキンキンに冷え

閉じていた目は引っ込み半開き
閉じていた口は開いてしまっていた


不謹慎だが映画バタリアンそのものに見えた

ショックで遺髪を切る手は震えが止まらなかった


一週間のドライアイス代は結構な額で これなら高くても近県の斎場で綺麗なままで火葬してあげたかったが後の祭り


母に一礼して棺の蓋を閉めた


焼かれた母の骨は84歳と思えない程 太くてしっかりしていた


骨になり 帰りたかった家にやっと帰宅出来た母を見て

不憫だな

生きてるうちに帰してあげたかったなと 

また泣いた


そして……ひとりぼっちになった




亡くなった時点で

市民が安価に利用出来る斎場4か所の火葬場

全て埋まっていて押さえた日は一週間後だった


その間に私がしなければならない事は遺影写真の準備


母は天才的に写真を撮られる際に目を瞑る人で

まともな写真が無い

それに加え 近年は写真を撮られる事を嫌い

マイナンバーカードの証明写真くらいしか無かった


業者に依頼して届いたサンプルは

やたら血色の良い艶っぽいもので

業者をキャンセルし

自らスマホアプリだけで作ることに


孫を消しゴムマジックで消し

左肩を反転させて右肩にして合成

洒落た壁紙にしたりして

自分なりに満足した出来栄え


意外と自分で作る事をオススメします






父が来て

死亡確認を終えると

病院も時間も待ってはくれなかった


悲しんでいる暇もなく

看護師さんはエンジェルケアに入り

私は目星をつけていた葬儀社に連絡をした


母は薄く化粧をされ

頬が紅く染まっていた


病院の霊安室に運ばれ

私は諸々の書類にサイン


父は母の亡骸の写真を撮っていた


そんな姿 写真に撮ってどーすんだよ? と私


いいんだ どうせ消すんだから

葬式までの間だけ

と半ばキレ気味に言い返してきた 父


その時点で

母の顔は亡くなった時より

若干変わり始めていたように思えた


葬儀社の車で家まで送ってもらい

家に帰りたかった母を葬儀社に預け帰宅


お母さん またな✋と






病院に着くと

当直の看護師に


様子を見に行けてなくて

気づいた時にはもう……すいません

と言われた


病室を開け

ヨッチ(母が命名したあだ名)来たよ✋と声を掛けたが

いつもならこっちを向く母からの反応は無かった

さっきまで手を振っていた母は全く動かなかった


額を触り 手を握り

まだ温かいのを感じながら

耳元で

生前 本人に言った事も無かった感謝を長く伝えた


心臓がいつ止まったのかは知る由もないが

しばらくは脳が生きていて、その間は声が届くという話を信じて


号泣したり冷静になったりを繰り返しながら

父が来るまで母の亡骸と2時間過ごした


やがて父も到着し

医師の死亡確認も終えた




帰宅して 一時間
電話が鳴った

ついにその時が来たか と
一呼吸置いて電話に出た

呼吸と血圧が下がっています
直ぐに来てください

昼間とは違って
冷静に父に電話した
帰宅したばかりの父は電話口で舌打ちをした
それは悪い意味では無く
病院に残れば良かった
そう 私は受け取った

私も直ぐに着替えて家を出た
しばらく歩いてから
あっ タクシーか
と思ったが
最寄り駅にタクシーが停まってなければ歩こうと思った

自分の中で生きてるうちに間に合わないと思ったし
心の準備も欲しかった

本音を言えば死を目の当たりにした自分がどうなるのかが怖かった

母の最期から逃げたのだ