記憶が風化する前に⑱上手く飲み込めていない感じだったが呼吸は?……大丈夫息出来る?……大丈夫その時点でちょっとイヤな感じがしたのでスマホで撮影し始めながら明日13時来るからそれまで頑張ってなといつも帰り際にする握手をした母は30年 自転車で保険屋してたので病人とは思えない程の握力で毎日握り返してきたがその日は最初弱かったいつもみたいにギュッと握り返してみなと促すといつも通り力強く握り返してきたその時点で何かを悟り私は号泣していたが母は手を振っていた……それが最期だった
記憶が風化する前に⑰姉と父が帰り母はみんな帰っちゃうと一言オレは残るよ と私面会時間を少し過ぎるまで病室で二人きり明日は何時に来るのか?と母母は常に喉が渇いていたが看護師さんもトリアージ的に最重要患者扱いしてくれる訳もなく呼んでも直ぐは来てくれなくなっていたので私に逢いたいとゆーより何時まで水分を我慢すればいいのか?という意味だ面会時間開始の13時には来るよ と私ホッとしたような母に帰る前に水を飲ませ口の渇きを潤すスプレーを吹き掛けたただ 飲ませた少量の水も上手く飲み込めていないようでベットを起こしてゴックンしてみなと何度も促した
記憶が風化する前に⑯実は入院して一週間後くらいからスマホで動画を撮り始めていたまだ 余命宣告的な事を言われる前だったし何十年ぶりかの母と意思疎通出来ている会話が楽しかったし悪運の強い母が死ぬ事は想像していなかったんで退院したら笑い話に出来るかなとも思っていたしかし、余命宣告を受けてからは動画を撮る事に躊躇したのも事実でも撮影を止める事は出来なかった後々 姉とゴタゴタしないように母の年金を治療費に充てる承諾も動画に残した方がいいと思って撮り続けた1月18日病院から呼び出され家族全員揃った訳だが全く撮影する事は頭から抜けていた
記憶が風化する前に⑮病院へ駆けつけると意外にも 母は通常運転で会話もいつも通り交わせた父が着くなり号泣したのは意外だった姉は相変わらず冷めた感じでいつも通りの母をみて私に病院からなんて言われたの?(忙しいんだからこれくらいで呼ばないで と言ってる感じ)で容態も安定しこの状態なら通常の面会時間でお帰りくださいと看護師に言われ父と姉は18時前に病院を後にする図らずもこの日この時間が家族全員同じ空間で過ごす最後の時でもあった
記憶が風化する前に⑭2025年1月17日施設の人が母と面会転院は1月20日と決まる尿の量が減り確認に来た看護師が母を目の前に亡くなる前は尿の量が極端に減るんですよと無神経でバカな説明を私にする2025年1月18日午前中 病院から血圧低下呼吸の乱れ来て頂いた方が良いかも知れませんとTEL仕事中だったが父へ連絡……がその時点で取り乱し上手く伝えられない電話越しの父は事態を察しすぐ行く と一旦 心を落ち着かせ目先の仕事をこなし上司へ断りを入れて病院へ