きっとほとんどの人が考えたことがある。
自分はなんの為に生まれてきたのか だったり
なんでこの時この場所でうまれたんだろう とか
きっと意味は無いんだろうけど、それでも何か意味を探しちゃうのが人間なんじゃないかと。
こういう事を考えてると、他の人はどうなんだろうって思う。
そうして「本当に現実は現実なのか」っていう疑惑が生まれる。
特に正夢を経験したときに私は思った。
もしかしたら目の前の物も人も私の頭の中の妄想で私が目を覚ましたら散ってしまう様なものなんじゃないか。
そう考えると私が主人公のようにも思えて楽しい。
だけどそうなると主人公じゃないパターンもあるように思える。
例えば主人公が私の曾孫だったら。
例えば主人公が私の同級生や先輩、後輩だったら。
物語には全く関係しないけれど、そこにいるエキストラのような存在だったとしたら。
主人公、つまり世界にとって必要な人物が生まれる環境を作るために作られた存在だとしたら。
神様がいて神様に必要な人物にとって必要な環境を整える為に必要な人材。
なんだか生贄のようにも、雛に与えられる虫けらのようにも思える存在だったら。
そうとも思える。
もしくは実は私は監視されてるっていう考え。
私はなんの理由か監視・観察されている。
それはもちろん行動や発言だけじゃなく、思想思考含めて。
だから小さい時は、大人の目の前に立った時、私は考えが読まれているんじゃないかと思い、頭の中で
「お前たちが観察していることはしっているんだぞ!」
と叫んで、大人たちの表情変化を見逃さないように睨みつけていたこともある。
今考えれば何をしていたんだと笑えるけれど、否定できるかと言われればそれは出来ない。
常識的にとかっていう言葉は使えない。
なにせ考えが非常識なんだから、常識を持ってこられても形式が違う。
例えば宇宙人が地球人の思考を観察するために私を捕獲し、人間に化けて、地球の環境を作って、私の頭を弄って、
この状況を作り上げているのかもしれないと思うと、外であんまり変なことは考えられない。
もしも「お前らのやってることはお見通しだ」なんて考えたらどうなることか。