バートリ・エルジェーベト
ハンガリー王国の貴族。吸血鬼伝説のモデルとなり、「血の伯爵夫人」という異名を持つ。ハンガリーでの名前は性名なので、日本と同じくバートリが家名になる。バートリ家は有力な家系であり、有力者を輩出する一方で悪魔崇拝者や色情狂などの噂される人物も多かった。エルジェベートも幼い時から感情の起伏が激しかったと言われる。夫はハンガリー軍の指揮官であり、英雄と言われたが、その残虐性も有名だった。夫の従軍中には多くの愛人を持ち、贅を尽くし美貌の維持に執着し、夫の死後は一層エスカレートしていった。夫の存命中の召使に対する残虐行為から始まり、自領の農奴の娘を誘拐して惨殺し、やがては下級貴族の娘に対しても残虐行為を行うようになった。若い娘を鉄の処女で殺し血を浴びたり、拷問器具で苦痛を与え表情を見て楽しんだり、娘の皮膚を裂く、正規や膣を取り出し興奮するなど変態性欲者だった。領内の人々は薄々自体には気が付いていたが、バートリ家の名誉を考慮し、内密にしていた。しかし、貴族女性にも被害が及ぶようになったこと、誘拐した娘の一人が脱走したことにより、ついに捜査が行われた。使徒には多くの残虐行為を行われたしたいと衰弱した生存者を見つけた。又、城のあちこちには多くの死体が埋められていた。残虐行為には棒でたたく、鞭打ちの他、皮膚をナイフや針で裂いたり、性器や指を切断した。エルジェーベトのベッドの回りには灰が撒かれ、流れ落ちた血を吸いこませていたと言う。また、内側に刺の生えた球状の折を天井から吊るし、そこに入った娘たちが動くたびに傷つく様を見て楽しいんでいた。また、自分の体調が悪い時には、娘たちの腕や乳房、顔などに噛み付きその肉を食べたとされる。被害者の数は本人の記録では650人。正式認定では80人。知人の手紙には300人と記されていた。エルジェーベトが血を好んだ理由の一つに手の甲に付着した血を拭きっとった後の肌が美しく見えたことがある。それから、若い処女の血を求め、近隣の領民から娘を誘拐し、生血を絞り、浴槽に満たして身を浸すのを好んだ。刑具として鉄の処女を作らせた。召使や侍女などは火炙りや斬首刑に処されたが、エルジェーベト本人は高貴な家柄であることを考慮され、窓と扉を無理塞いだ自城の寝室に一生閉じ込められた。一日一回の食事で生きながらえたエルジェーベトは三年半で死亡が確認された。