実におよそ10年振りのマンダリン。
最後に訪れたのは、いつぞやの年末カウントダウン…家庭のある人は家族で過ごす年末年始、いつも通り独居独身らしく1人で過ごすなら、ラグジュアリーに景気良く新年を迎えようと思ったのだ。

だが不思議なことに、あまり印象に残っていないのは、その後毎年素晴らしい年末年始を迎えるようになったから…でもなく、ただの健忘症だろう。



あれから10年、外資のホテルがニョキニョキあちこちに乱立し始めたものの、場に相応しいとは程遠い客層と、それに合わせるかのように低下していくホテルホスピタリティを目の当たりにすることが増えた。その様変わりにがっかりし、こちらも御多分に洩れずだろうと推測し、リピートできずにいた。





酷い誤解だと謝罪したくなったのは、エントランスを潜ってすぐ。




僕の記憶する限り、マンダリンのロケーションと内装、生演奏の質は、比類なきクオリティだと思っていたが、相変わらずだった。


憂慮していた客層も、そうは変わることなく安心した。





僕?

僕は、確実にこの場で1番美しいと言い切れるほどの激美人と一緒だからね。ふふん。




しかし、相変わらずうっとりするような空間。

絶対に誰とでもは来れないが、これ以上なく相応しい相手。







彼女は、僕とホテルラウンジで過ごす時、必ずブラックのコーヒー(と、たまに微々たるお菓子)しか飲まない。

いや、昔は一緒にアフタヌーンティーを食べることも多かった。

だが、ここ数年は、何時に待ち合わせようと、カロリーのないコーヒー。

そしてチョコレートボンボンや焼き菓子は、勧められるがままほぼ僕の胃袋の中へと。





「また今度美味しいご飯でも食べましょう。この後歯医者さんなんです。」



…前回会った時「僕とは飲めない食えないってやつかい?」という僕のサイテーネチネチな問いかけに対して、そんな弁明をした彼女。




夜8時から処置してくれる歯医者ってどこだい?歌舞伎町の歯医者にでも通ってるの?てゆうか、歯医者行くのに、なんでそんな入念にトイレでメイク直ししてるの?



…それら脳内に浮かんだ疑問符の数々は吐き出さなかった。言ったところで「そんなことないですよー。」と気を遣わせ、そして嫌われるだけだ。

何より、相手次第で口にする量を変え、努めて胃と肝臓の無駄遣いをしたくない気持ちは痛いほどわかる。なぜなら僕も同じだから。









いいんだよ、コーヒーの人で。

僕なんかに君のような激美人が時間を割いてくれるだけで、心底嬉しい。







この日も、なんだかんだで5時間くらい話し込んでいた。





しかし、マンダリンは手洗いの美しさも桁違い。





プライスレスな時間。





帰り際「四郎さん、本当に好きです」なんて言いつつ八天堂のクリームパンと生食パンをくれた彼女。

「八天堂かぁ!好きだよ。」と言うと、ちょっとがっかりした顔をした彼女。

(いつも何故か手土産をくれ、そして必ず僕が知ってるもので、それを言うとがっかりする可愛い)

要冷蔵のクリームパンはどろんどろんに溶けていたけど、帰り道僕は2個とも貪り食ったよ。



僕の方が好きだ。ありがとう。