この日の会食はイレギュラーが盛り沢山だった。
それらの話で、この店の素晴らしさを伝えたいという主旨が霞まないようにしたい。


とはいえ、"それらの話"にもしっかり触れたいので、論文のように最初にトピックを項目立てて示すことにする。


1 5年越しでやっと言えた、乾杯マナー
2    職場の上司への絶望MAXで、僕にしてはひどく珍しく、精神的に落ちていた夜
3 グラシア素晴らしいありがとうありがとう
4 僕にしてはひどく珍しく、とんでもなく酔っ払って、でもきちんと帰り着いてシャワー浴びて寝ていたエライ!




 やっと言えた…。なんでも思ったこと言う主義の僕だが、ずっと言えなかった。でも毎回モヤモヤしていた。乾杯の時、ワイングラスをカシャーンと音を鳴らして重ねる君に。


 それなりの資力がある人は、いい店に行く機会は多かろう。だが、テーブルマナーをきちんと理解している人って、本当に少ない。
それと同じで、回を重ねたってワインや食材、調理法について詳しくなるかと言えばそんなことはなく、「わー、なんか豪華〜ソースおしゃれー」くらいの感想で毎回通過してしまっている人が非常に多い。
要は、感度をどれだけ働かせているかの問題ではなかろうか。音楽や絵画と同じで、飯が好きならニワカでありたくないと思うはずなのだけどな。


話が逸れたが、テーブルマナーのうち、乾杯で音を立てない(ビールジョッキの場合やリーズナブルな居酒屋はもちろん別)というのは、超常識中の常識だが、意外にも知らない人が多い。
年配の方でも、グランメゾンフレンチで勢いよくグラスを合わせるから驚く。
もちろん、年配の方に指摘することはしないし、相手が女の子なら、お店の方も"まだ若いし仕方ない"と思って見るだろうし、何より「もつ鍋さんウザ」と思われたら哀しいから基本言わないし、一度サラッと言って忘れたらそれでいい。


けどなぁ…。
男で、40近くて、それなり以上に社会的地位と資力があって、グルメと自負していて、それでマナーがいただけないのは、同席していてかなり恥ずかしい。
他のマナーなら、火の粉がかからないようにもできるが、こちらがグラスを引いても手を伸ばしてくる乾杯は、粉を振り払いようもない。


でも、ずっと言えなかった。
なぜなら、馳走になっているし、(的は外れがちだけど)合格前の試験勉強や仕事の悩みを聞いてもらっているからだ。申し訳なくて。
5年前から、この友人にはかなりの頻度で馳走になっている。それも、そこらの居酒屋ではなく毎回素晴らしい店ばかり。
ロオジエ、マダムトキ…いずれの最高級フレンチでもグラスをチンした。


すーはー…今日こそ言おう、僕よ、柔らかく、下から目線で申し訳なさを全面に出して言うんだ!


「あ、乾杯の前に…ずっと言いたかったこと、いい?」


友人「なに?嫌なことなら聞かない。」


僕「嫌なことじゃないと思うけど…マナー的なことなんだけど…」


友人「え、いいよ。聞かない。」


…どうしよう!!封じられた…えぇいもう!無視!

僕「乾杯のときね、グラス合わせるの、あれ、マナー違反なんだよ。ずっと言いたかったけど、世話になってるし、不快にさせたくないし、言うべきか迷って、言えなかった。信じてもらえないといけないから、ちゃんと図書館で調べて今一度確認したよ。正しくはね…グラスを…」
 

すると、想定外の返し。


友人「え。国によるんじゃない?ヨーロッパではマナー違反かもだけど、ここ日本だぜ?うどんをすするか問題と同じだよ。アメリカでも多分合わせるよ。ほら、ビールだってさ、合わせるじゃん。」


…国による??うどんと同じ??


僕「や、ビールはいいんだよ。ワイングラスの話。ちゃんと理に適ってるんだよ。繊細なグラスだからワイングラスは。傷を付けるし、見ているお店の方の手前も…。」


友人「安めのグラスならいいだろ。これも安いよ。だし、別に知ってたよ。知ってたけど、おっさんとか普通にガチャンと合わせてくるじゃん?それをこちらが引いたら空気悪くなるし。」


僕「安そうとかそういう問題では…。てか、知ってたの?絶対違うよね、だって、僕別におじさんじゃないけど、いつもお前、ガッシャーンしてたよ?」




友人「あー、まぁ半々くらいかな。」



僕「いやいや、毎回やってたってば。ロオジエでさえも…あれたまらなく恥ずかしかった。」



友人「おまえはそもそも気にしすぎなんだよ。ほら、飲むぞ。はい乾杯(グラスを逆に引いてから飲む)。ほらぁ、なんか味気ない。」



僕「いやいや、互いにグラスを自分の顔の前で持ち上げて乾杯って言うんだよ(泣きそう)」




…このやりとりを見て、僕の方をむしろめんどいやつだなーと感じる方も少なくないと思う。不快にさせて申し訳ない。でも僕は、僕なら、マナーや常識の無知は指摘してほしい。美味けりゃなんでもいいなんて、それで麻布だ広尾だミシュランだなんて、嫌だ。



でも彼のいいところは、こんな攻防をしつつもカラッとしているところだ。

ありがとう、だから10年も付き合っていられる、いや、いてくれる。






しかしとんでもなく素晴らしかった、本当に。

お任せコース。スペイン料理のコースは初めて。




穴子のクロケット。赤紫蘇を添えて。




穴子そのままのフライではなく、ちゃんとコロッケ。味付けも、そして食器も、和と南蛮のフュージョン。シェフの粋な遊び心が感じられる。



彼が見つけてきた店だが、見て驚いた。

かつて日本橋にあったミシュランスペイン料理、サンパウで修行されたシェフの店だった。

広尾駅前の洒落た屋台風イートプレイワークス内にこんな店があるとは。





パンコントマテ。

トマトが染みたガリッガリのパン。

スペインを全面に出してきた。そしてここに、







この、色艶からして上質な生ハムを乗せて。

脂身と塩味としっとり加減が、たまらない!








スペインワイン、カバをボトルで。

カバはフルーティなのに酸味控えめで、非常に美味い。

ガバガバとガバガバと。

その後白(忘れた)をさらにガバガバと。







もうこれだけでまた食べにきたいのに、






目の覚めるやうなものが。

ビーツですか?とすかさずスタッフに聞くと




「パプリカです。そこに…お連れ様は生牡蠣ですが、苦手とのことでこちらは帆立に変更しました(ありがとう)。そして、ビーツも入っています。スープ仕立てです。」





生牡蠣回避したが、牡蠣とさぞあっただろう。

帆立も十分美味かったが、このスープが澄んでいるのにビーツのコクがあって本当に美味い。







スペインからスペイン人ワイン農家の方がいらしており、いろいろ教えてくれた。いいね、行った気になる。








ヤリイカソテーを栗とイカ墨のソースで。



友人が説明を聞き逃し、珍しく(よほどここを気に入ったのか)「なんだって?」と僕に確認してきたので、教えてやった。

栗とイカ墨なんて、それをイカと合わせるなんてよく思いつくな…。芋カボチャとも違う、そしてポタージュじゃなく、ちゃんとソース。美味い!







どんどんついでくれるから、どんどん飲んだ。




この店の素晴らしいところは、ガンガンこちらのペース無視でサーブしないことだ。

ゆうて、僕らはペースが遅かった。というか、どうにも仕事で珍しく死ぬほど落ちていた僕の語りが長かったせいなのだが、店の方はそのペースを尊重してくれた。泣きそう。



僕「や、今日楽しみにしてたのに悪いから言おうか迷ったけど、上司の僕への仕事丸投げドライモンスターぶりにさすがに泣きそうで、でも…。」



友人「てか、大人になって泣くことそんなないだろ笑。お前、メンタル弱いなぁ笑」




…弱くないわ!ここまでどんだけ踏ん張ってきたと思ってんだ!!…







なんてことも、笑いながらぷんすか言い返せる。

誰とでもはできない。




相談をしても、鬱陶しがられたり、いい気味とばかりに笑われたり、そもそも僕のこと明らか馬鹿にして見下しているとしか思えない人もいる中、こうやって笑って聞いてくれる彼はあったかい(的外れてはいるけど。







そしてこれがやばい。

ビーフカツサンド。あ、もう、本当カツにするなんて失礼なほどの美味い牛肉。

カツサンドにこんな上質な肉、使っちゃダメだ。




あ、何これ、うまっ。


…あまり感想を口に出さず雑談して食べ進めるタイプの彼が、珍しく唸った。というかこの日はずっと唸っていた。あーもう書いてて明日また行きたいよ…。






そして肉に感動していたら、さらに肉だよ。





これがとろけるほど美味かった。グリル。

この炭のつき具合!てか本当に美味い。








泥酔して説明失念。

ほぼクリームのとろとろとしたやつ。死ぬほど美味かった。






バスチー。

馬鹿の一つ覚えみたいにバスチー流行ってるが、もともとはスペインバスク地方発祥の、焦げを活かしたやつだぜよ。




あー、すばらしか。もう行きたい。
またこいつと行きたいな。
ちなみに、その他のトピックは書かなくてもいい気がしてきたのでやめた。


非情な上司を嘆いても仕方ない、こちらも好きにさせてもらおう。引っ張られてなるもんか。