「今日はなんでも食べて良いよ」
「まぁ、なにか隠し事でもあって」
何故今まで存在を知らなかったのだろう。この店を知らない過去を巻き戻して、もう一度やり直したい、そう悔やまれるほどの店に出逢った。
「友よ、星の数ほど幸せを」
月光荘は、与謝野夫妻に憧れた少年が始めた画材屋。単なる画材屋というには勿体なく、名だたる文化人の集う、文字通り"サロン"として産声を上げた。
ご興味のある方は、どうか月光荘HPを。
チョット長いので、こういった類に興趣を感じない人は流し読みしたくなってしまうかもしれない。僕はもう、"あの頃"にタイムスリップしたような夢心地で読んだ。
記述にもある通り、冒頭の看板(「友を呼ぶホルン」)、その謳い文句は、芥川龍之介、島崎藤村、有島武郎らによって生まれた。月光荘の建築設計は藤田嗣治だそうな。
(※僕が訪れた際は、まだ生演奏を自粛していたようだが、つい数日前、再開したとのこと)
かなり急な階段、なんたら興業的な看板を掲げる商売の方がいらっしゃいそうな雑居ビル。
はぁはぁ…。
名物という、このガンボスープの香りだな。
ガツンとスパイシーを愛する僕、コーングリッツの効いたコーンブレッドを愛する僕、ガンボとコーンブレッドのセット以外選択肢があろうはずもなく。
この辺りで、スパイシーな良い香りがたまらなく漂ってきた。
お邪魔します。
星空が見えそうなテラスと、店内が数席。
迷いなくテラスへ。そもそも僕がこの日ここを訪れたのは、コロナ脳ながらも安心安全に喫茶を楽しめそうな場所だったから。
いにしえの文化人たちよ、こんな心持ちでサロンに足を踏み入れたことを赦して欲しい。
ちなみに、電話で、ほぼノーゲスなことを確認してから訪問した。ヤレヤレ。
迎えてくれた店員さん2人が予想外だった。
美味しいガンボを作ってくれそうな、近藤春菜似の女性、ISSAの現在形のような若い男。女性は、親切明るくも、どこかこちらを見ていないような不思議な距離感、男はサーブ時以外言葉発さず。でも、2人はずっとぺちゃくちゃ楽しそうに喋っている。マスクをしていないのが気になった。店内対策としては、食事で汚れた際の替えのマスクまで用意していて(メニューに書いてあった)、なぜ彼らはマスクをしていないのだろう。動いているスタッフは熱いから?熱中症予防?いや、今夜は極めて涼しいゾ。それか、開放的空間だから?いやいや、客と接する時は…。
あぁ、もうやめよう、せっかくの気分を自ら台無しにしている。そう思いつつも、せっせと手持ちのアルコールシートでテーブルを除菌し、極力彼らから距離のある席を選んだ。
さ、もう何も考えまい、食事を選ぼう。
だったのだが、
はなれの銀ブラコーヒーと、
月のレモンケーキにした。
そのフォルムと音に惹かれて。
生憎、生演奏ではないが、サロンを十分に感ぜられる音楽と光とこの空間を感じて欲しい。
月のレモンケーキ、ほっかほかの状態でサーブされた。サクサクふかふか、かわいいお月さま。
月のレモンケーキ、ほっかほかの状態でサーブされた。サクサクふかふか、かわいいお月さま。
大切に大切に、フォークとナイフでいただいた。
マスクさえしていてくれたらな、何度でも来るのにな、もう来ないかもしれないな…ずっとずっと、Twitterで日替わりメニューも追ってたんだけどな。この日を待ちわびてたんだけどな。恨むべくは、店員ではなく、僕のこの思考。
はなれの銀ブラコーヒー。
先日、紅茶専門店の博識マスターに教えてもらったこと、"コーヒーも紅茶も、体調が旨さを左右する"と。実に納得。同じスタバのコーヒーでも、ニコニコするほど旨い時と、残したくなるほど進まない時がある。素材が大事とはいえ、そないにブレるはずはない。作り手や材料の問題だけではないのだ。
「なにそれ」
男がたじろぎを隠し(でも隠しきれず)尋ねる。
「甘いのきらい?甘いのきらいなら無理かもよ。これね、医療用××」
聞き耳を立てていれば、看護師とのこと。××の部分はどうか聞き違いであって欲しい。彼女のためではない、僕のこのひと時のためだ。
ほら、月のかけらが泣いているよ。
えっ?
なんだか、嬉しいんだか悲しいんだか、幸せなんだか切ないんだか、忙しく、よくわからない気持ちで閉店時間を迎えた。とりあえず、チョット疲れてしまった。おかしいな。こんなはずでは。
そして、本当に雨が降ってきた。ひどい雨だ。傘もない。どこかコンビニまで濡れて走って、傘を買って、家までそれを差して歩いて、帰って風呂に直行しよう(ここ数ヶ月はいつだって風呂に直行だが。除菌のためにネ)。
「傘、ありませんよね?」
「カラフルなのしかないんですけど、よかったら」
ISSAの現在形の彼だった。
濡れて帰るつもりでした(=貸してもらえるとはゆめゆめ思ってませんでした)
…や、あ、でも、…ありがとうございます。必ず近々返します。
「いいですいいです、濡れちゃうんで」
気取らず飾らず、あまりに爽やかな態度で差し出してくれた。
ノーマスクに萎えてすまなかった。いや、マスクはやっぱりして欲しい、でも、それだけで萎えたりしないようにするよ。
素敵な夜をありがとう。
明かりが戻ってきた夜の銀座、傘を開くと大きな花🌸花🌼💐。カラフルなのしか…ね。ありがとう、遠慮なく使わせてもらうよ。思いがけず気に入ってしまったから、物々交換させてもらおうかな。近々小粋な菓子でも持って、あの2人に会いに行こう。要らないかな。アハハ。