都内ラグジュアリーホテルのストロベリーアフタヌーンティーを総なめしようと心躍らせていた。何なら、一年の計として手帳に書き留めていた。
これが今年最後のストロベリーアフタヌーンティーとなってしまったが、見返しても目の覚めるような美しさ。
まず、ドリンクが1種類しか選べないシステムであったこと。たくさんの魅力的なドリンクが載ったメニューを渡されたので、当然に、ここからお好きなだけどうぞ、だと思った。というか、これまで、数多くのアフタヌーンティーを渡り歩いて来たが、このようなシステムは初めてだった。
激美人の友人も躊躇っている(困り顔もまた美しい、おっと)。躊躇いつつ、友人は紅茶、僕はブラックコーヒーをオーダーしたところ、このような形でサーブされた。
生クリームではなく、クロテッドクリームを出してくれるところは好感が持てる。
まぁでも、この美しい画、吹き抜けの優雅な空間(週末だからか、トウの立った女性がうじゃうじゃいたが見ないように努めた)、ポーション1つ1つの美味しさ、何より目の前の激美人、この状況で何の不満があるというのだ。
と、思い始めた矢先、2点目のもやもやの萌芽。
1つ、また1つと我々が食べ進めるごとに、この下の小さなガラス受け皿たちを下げに来る。
落ち着かない…というより、もはや急かされているよう(1時間半制)、というか、わんこそばでも食べているかのような。
それでもいいのだ、なんたって僕の目の前には激美人。むしろホスピタリティに欠ける店員よ、僕らに会話のネタをいくつも提供してくれてありがとう。
それにしても、僕もすっかり歳をとったものだ。坊やの頃は、ホテルスタッフ、学校の先生、お巡りさん…大人はみんな立派でかっこよくて完璧で素晴らしい、そう思っていた。彼らの放つ台詞、行動、全てに敬意を感じ、憧れていた。
それが今やすっかり懐疑的になってしまった。
年齢が彼らと同等ないしそれ以上になったからか、良くも悪くもいろいろ見過ぎだからか。
…ホテルに関しては、僕の目と舌の肥えすぎゆえだろう。やー、それを差し引いても、古き良きホテル接客はどこへ行ったのだろう。
「姉さん」と、前略する高嶋政伸のようなホテルマンは、もうオークラや帝国ホテルでしか見られないのか。寂しいことよ。
目の前の彼女は、ずっとケラケラと笑っている。ケラケラと無邪気に笑っては、僕に勉強のアドヴァイスを真剣に求めている。ごめんごめん、一瞬記憶が恩讐の彼方へと飛んでいたよ。
会計も急かされに急かされた割に、なかなか釣り銭を取りに来なかったが、もういいのだ。僕の心根の小ささよ。
不覚と言ってはいけないな、その厚意(残念ながら好意ではない)と気配りと育ちの良さが、何より嬉しかった。僕の友達でいてくれてありがとう。
食べていいのかわからず食べた結果、やはりモロ普通の植物だった(2人とも飲み込んでしまった)この薔薇も、懐かしい思い出。
と、まさかの不覚。
彼女がスマートにご馳走様してくれた。
「もつ鍋さん、いつものお礼です。ここは私に出させて下さい。」
次のストロベリーの時期に、また訪れよう。
あぁ、胃が珈琲の海だ。