送別の「季節」といっても、春夏秋冬などの自然的な意味合いではなく、もっぱら社会的な意味合いでの「季節」なのだが、冬後と春先の変わり目の、あたかも植物が萌す様な身体的な勇みと共に、送別は、送る方も送られる方も期待と不安に心が浮き足立つ。自然的であれ、社会的であれ、それらの統一体としての人は季節を意識せずにはいられないものである。

四十近くになっても、仕事や他者に対してまだまた至らなく、毎晩、その日の独り反省会を開くほどなのだが、そこで思い浮かぶのは、他者の態度や言動である。見習うべき感化される態度であったり、遠ざけるべき嫌悪される言動の影響は計り知れず、他者を知るきっかけともなるが、反省的意識においては、自らの血肉となるだろう。
ここでの注意点は、あくまで、この目で見える態度やこの耳で聞ける言葉などにおける影響や感化である。無論、そこからしか私は学べないのだが、あたかも他者の思いが知覚され、私に影響や感化されるわけではない。
他者の思いは私からは見えないし、聞けなくなった。確かに、態度や言動は、思いが物理的な形をなして世界へと表現された点睛かもしれない。しかし、現実に私に見えて、聞こえているのは態度であり、言動である。従って、他者の態度や言動で導かれるであろう他者の内的性質(態度や言葉を外的として)は、他者そのもの、あるいは、他者自身が思っているだろう他者自身と正誤しようが、思いが他者と断絶された身体内の一意識に思われている限り、あくまで私の思いに留まる。
留まるとは、態度や言動に表さないという抑制ではなく、言うなれば、私があなたについてどう思おうが、この思いは私の思いで独立している。
しかし、この思いが思いとして留まるのを知っていればこそ、自身の思いが態度や言動として他者に先行することはない。その思いが思い込みだと自覚し、思い込みを思い込みのまま自らに封じ込め、他者の態度や言動だけに対応することによって、より他者に配慮することもできるし、気に止めないことも可能になる。他者が知人を亡くした状況下で、“悲しい”と言っているのならば、私は疑わない(その“悲しい”が虚言だとして、虚言だと後から分かったのならば、私が割りをくうことはない。虚言が暴かれるということは、その虚言者の価値の目減りが発生し、その目減りを一生において背負っていくことだろう。言い換えれば、信用を失くすことに尽きる)。
それでもなお、生命あるものに課さられた「躍動」ともいえる態度や言動は、独りでは偏らざるを得ない思いに苛まれながらも、自身に知覚され思いに留まり続ける。その留まりからの反省が偏りからの解放のように視野を広くすることもある。

送別した彼らは、一生涯会わないかもしれないが、私は思い出す仕方で、一生涯に何度もその人々の躍動を思い出す。その思い出す仕方でしか、私は、私の思いを正すことはできないし、他者に影響という配慮を差し出すこともできない。それゆえに、私という人はたくさんの人々のおかげで成り立っている事実を思う、初心に還る季節でもある。