リリー地方は緊急事態宣言へ


電車や街の様子から因果応報

当然の結果だと思います





そんななか、日曜日 出勤時と同時刻の電車で

朝活映画鑑賞に行って来ました


座席はあえて開演5分前のギリギリに

同じ列に誰もいなく、前と後ろにも

誰もいないところを購入して

なんとかソーシャルディスタンス


朝早いこともありお客さんも少なくてゆっくり鑑賞することができました






観てきたのは以前からずっと観たかった



犬部!



杉並区でハナ動物病院をされている

太田先生が北里大学時代に十和田で

作ったサークルとその後の先生や仲間のお話



太田先生のことはフジテレビの番組で知りました


信念は一匹の犬も猫も殺したくない



いまも東京から福島県へ赴き2011年に残されてしまい野良となってしまった猫たちの去勢・避妊を地元のボランティアさんたちと協力して無償で行われています



さらに保護犬や保護猫たちの団体さんたちからの

依頼での去勢・避妊もそれています



私は高校生のとき生物部でした

生物部の元先輩で獣医学科ではないけれど

教育実習にきていた先輩から獣医のことを聞き


中学、高校と看護婦になりたいといったら

そろって向いていない、看護婦なんて医者のこまづかい

ともには絶対に無理と進学を却下されてしまった私は

獣医(動物のお医者さん)という道もありかもと思ったのです


が、あれから約35年ちょっと

大きな声では言えませんが。。。


いまではこまづかいではありませんが、彼のご機嫌そこねてお仕事に支障がでて患者さんにご迷惑をおかけしないよう常に機嫌よく過ごせるようにと気をくばってはや21年なんですけどね〜(笑)





先輩に相談したら


獣医は犬猫だけでなく

最初の頃、とくに北海道にくるなら

牛や馬、羊を診ることか多い


牛や馬の難産で呼ばれて、その手の短かさでは産道の子牛や子馬の脚に届かず引っ張ってあげることもできず仮死させてしまうかも


酪農家さんたちから

先生何しに来たんだ

と怒られるかもな


そうなのです

私は小学生よりも手が短く

ゆびも短いのですガーン



さらに両親からも北海道は遠すぎ

あなたに知らないところで一人暮らしなんて無理


親の言うことは正しかったです

それから10年後の転勤で京都市に住みましたが

そこで生まれてはじめて『鬱』と診断されました





そんなわけでスポンサーの親からこれまた却下されてしまい

結局は都内の自宅から電車で通える大学へ

実は高校も自宅から1番近い県立だったので

信用されてないんでしょうね



昔話はこのへんで。。。😅





動物というか獣医の話を観たり読んだりすると

あのときにまわりの雑音をはねのけて頑張って獣医学科に

進んでいたら何かかわったのかなぁといった

タラレバを思うこともあります


でも、やっぱり獣医になれたとしても私が病んでしまったかも

映画のなかの○○さんのように

(ネタバレになるので伏せ字にしました)



リリーは私にとってはじめて一緒に暮らしている仔でありペットショップからお迎えしました


保護犬も考えてはいました


しかし、当時40代後半でフルタイムで仕事している独身女性に譲渡してもらえるとこはありませんでした



職場の先輩にも紹介されたのですが

保証人が私よりも年下で一定の収入のある人でないとと


年下だと甥になりますが一定の収入基準にはまだ20歳でなっていなく譲渡は無理でした


もちろん団体さんの


いちど不幸になった仔たちを2度と不幸になってほしくない

だからこそ基準を厳しくしていることに理解できます



やっと適応障害克服して転職したばかりなので、すぐにはというわけには行きませんがリリーが今年12月で6歳


一緒に遊んだりおでかけできる年齢、せめて10歳になるときまでには妹を可能ならば保護犬からお迎えしたいとは思ってます


でも、年齢などの壁で難しければ信頼あるブリーダーさんからということも考慮しています


私は人の子を育てていく自信がありませんでした

人間一人の人生を導いていくだけの人間では私がないからです


いまも思ってます



でも、せもて犬の仔を育てることで私自身が少しでも成長できたらと思ってます






犬部!


映画なので全てが真実ではないかもしれません

が、多くの人に観てもらい動物の殺処分や犬や猫の去勢や避妊の重要性、以前は保健所と言われていた動物愛護センターの今を知ってもらえたらと思いました



モデルとなられた太田先生のことを書かれた書籍です

何度も読み返してます



犬は愛情を食べて生きている