父は善くも悪くも私に、一般的な家庭では到底味わえない経験をさせてくれた。
夜は水商売、昼は家具屋をしていた父。
バレンタインデーには20リットルのゴミ袋にギュウギュウに詰まったチョコをサンタクロースの様に持ち帰り、ファミコン発売時には町で1番始めに購入。
しかし給食費は常に滞納。。
当時かなり高価だった血統書付きのシベリアンハスキーを姉の誕生日にプレゼントした時は近隣の人に税務署に訴えられたりもした。
閉鎖的で排他的な田舎では父はいつも疎まれていたが、私には父がそれを楽しんでいるようにも見えた。
小学校の修学旅行、鎌倉散策では
「あれ、ALABAMAちゃんのパパじゃない?」
父は普通についてきた。
目が覚めるようなブルーのスーツを纏い、長髪にサングラス姿の父は煙草を咥えながら私を抱き、
「服をウォーホルのモンロー柄にして正解だったな、目立つからすぐ見つかったぞ。」
と笑いお小遣をくれた。
夜になると、殆ど閉まっていた土産売り場を半分脅して開けさせていた。
お陰で私達は自由時間に楽しいお土産選びが出来、皆大喜び。父も満足気に笑っていた。
しかし、酒乱だった父は、大酒を煽り家で暴れる事が少なくなかった。
祖母やダウン症の伯父に手を出すこともあり、私達姉妹は必死になってかばった。
ガラスの割れる音や父の罵声、祖母や私達の泣き叫ぶ声を聞いて隣のおじさんが助けに来てくれたこともしばしばあった。
私達姉妹は何度二人で抱き合って、泣きながら眠れぬ夜を過ごしたかわからない。
父は罪の意識からか、暴れた翌日は私達に学校を休ませて、伊豆や江の島などの旅行に連れて行ってくれた。
まだ小学生だった私は普段の父に安心しながらも、またいつあの狂気の沙汰に出会うかもわからないという怯えは常に付き纏った。
姉はこの頃から少しづつ、でも明らかに父と距離を置いていったが、私は不安を隠すように更に父にべったりとくっついて過ごしていた。
また父は、自分の成せなかった夢を幼かった私達姉妹に委ねようともしていた。
本物のロッカーになりたかった父は、肺活量抜群で誰からも可愛がられる姉を歌手に仕立てあげようとしていた。
ショーケンやジュリーに憧れていた俳優業、そしてシュールレアリズムを愛していた父は、手足の長いヒョロヒョロの私をモデルか画家にしたかった。
姉にはいつもたくさんの洋楽のCDを聞かせ、風船を買い与えた。暇さえあれば風船を膨らまさせ肺活量の強化特訓。
そして私にはたくさんの画材道具を買い与えてくれた。
「絵を描く時でも正座はするな、足が短くなるからな」
と言う父に、私は自分の顔ではモデルにはなれないよと言った。
父は「心配するな、お前はオレの娘だぞ。今に見てろ、お前を虐げた奴らはお前から自分の醜さを知ることになる。」
父は私の頭を撫でながら、顔をクシャクシャにして笑った。
私は父のこの笑顔が大好きだった。
夜は水商売、昼は家具屋をしていた父。
バレンタインデーには20リットルのゴミ袋にギュウギュウに詰まったチョコをサンタクロースの様に持ち帰り、ファミコン発売時には町で1番始めに購入。
しかし給食費は常に滞納。。
当時かなり高価だった血統書付きのシベリアンハスキーを姉の誕生日にプレゼントした時は近隣の人に税務署に訴えられたりもした。
閉鎖的で排他的な田舎では父はいつも疎まれていたが、私には父がそれを楽しんでいるようにも見えた。
小学校の修学旅行、鎌倉散策では
「あれ、ALABAMAちゃんのパパじゃない?」
父は普通についてきた。
目が覚めるようなブルーのスーツを纏い、長髪にサングラス姿の父は煙草を咥えながら私を抱き、
「服をウォーホルのモンロー柄にして正解だったな、目立つからすぐ見つかったぞ。」
と笑いお小遣をくれた。
夜になると、殆ど閉まっていた土産売り場を半分脅して開けさせていた。
お陰で私達は自由時間に楽しいお土産選びが出来、皆大喜び。父も満足気に笑っていた。
しかし、酒乱だった父は、大酒を煽り家で暴れる事が少なくなかった。
祖母やダウン症の伯父に手を出すこともあり、私達姉妹は必死になってかばった。
ガラスの割れる音や父の罵声、祖母や私達の泣き叫ぶ声を聞いて隣のおじさんが助けに来てくれたこともしばしばあった。
私達姉妹は何度二人で抱き合って、泣きながら眠れぬ夜を過ごしたかわからない。
父は罪の意識からか、暴れた翌日は私達に学校を休ませて、伊豆や江の島などの旅行に連れて行ってくれた。
まだ小学生だった私は普段の父に安心しながらも、またいつあの狂気の沙汰に出会うかもわからないという怯えは常に付き纏った。
姉はこの頃から少しづつ、でも明らかに父と距離を置いていったが、私は不安を隠すように更に父にべったりとくっついて過ごしていた。
また父は、自分の成せなかった夢を幼かった私達姉妹に委ねようともしていた。
本物のロッカーになりたかった父は、肺活量抜群で誰からも可愛がられる姉を歌手に仕立てあげようとしていた。
ショーケンやジュリーに憧れていた俳優業、そしてシュールレアリズムを愛していた父は、手足の長いヒョロヒョロの私をモデルか画家にしたかった。
姉にはいつもたくさんの洋楽のCDを聞かせ、風船を買い与えた。暇さえあれば風船を膨らまさせ肺活量の強化特訓。
そして私にはたくさんの画材道具を買い与えてくれた。
「絵を描く時でも正座はするな、足が短くなるからな」
と言う父に、私は自分の顔ではモデルにはなれないよと言った。
父は「心配するな、お前はオレの娘だぞ。今に見てろ、お前を虐げた奴らはお前から自分の醜さを知ることになる。」
父は私の頭を撫でながら、顔をクシャクシャにして笑った。
私は父のこの笑顔が大好きだった。