私が小学校4年か5年生の頃。

私はウキウキしながら車に乗っていた。

父が仕事で使っていたハイエース。

助手席に姉、後部座席に私、後ろには父の工具に囲まれて誇らしげに佇む新品のマウンテンバイク。
車内に流れる軽快なEaglesの曲に、私の気分は更に高揚した。


父が買ってくれた新しいマウンテンバイクに跨がり、田舎の畦道や木々に囲まれた峠までの曲がりくねった道を走る自分を想像していた。


Take it easy~Take it easy♪



ミラー越しに父が私にウインクする。




何て素敵な一日なんだろう。





車が交差点に差し掛かり、何の迷いもなく直進する父。


刹那。


黒塗りの対向車が無理矢理右折して来た。


父は「こんのっバカ!!」と顔を歪め怒鳴りながら急ブレーキ。


ベルトをしていなかった私は運転席に激突し、新品のマウンテンバイクが後ろから飛んで来て私の上に覆いかぶさった。


何が起こったかわからないまま、私は唖然としていた。




父「ALABAMA!!大丈夫か?!」

私「…う、うん。」


父はそのまま猛スピードで左折し、黒塗りの車をパッシングとクラクションを鳴らしながら追い掛けた。


黒塗りの車はすぐに脇に止まり、父も車をすぐ後に付け物凄い形相で運転手にかけよる。


中年で前歯のない横柄な運転手と、助手席からは小柄で目付きの鋭いおじさん二人。私にもすぐにわかった。

地元の893さん。


父は怯むことなく運転手に近付き、
「どこ見て運転してんだっ!?こっちにゃ大事な娘が二人も乗ってんだぞ!!」

893さん「てめぇ誰に口聞いてるかわかってんのかぁぁぁ!!」


しばらくこのような運転手との問答が続き、両者一歩も引かない緊迫した空気。

助手席の姉は呆れ反っている。

私はどうにかマウンテンバイクを脇にどかし、車を降りて父の元へ走った。




運転手との睨み合いは続いていたが、今度は助手席にいたちょっと偉そうな小柄の893さんが落ち着いて話す。


893さん「兄ちゃん、悪かったな。こっちも急ぎだった。だかな、威勢がいいのは良いが口の聞き方に気をつけろ。○龍をなめられちゃ困る。」

父「悪いのはそっちじゃねーか。口の聞き方もクソもあるもんか、休日を台なしにしやがって!!」

私は父の背中にしがみつきながら、ただただ893のおじさんを睨み続けた。


893のおじさんとの問答は長くはなかった。



父「今・・・○川って言ったか??」

893のおじさん「そうだ。具合が良くない。○川のアニキの所に行くところだった。」


父「○川さん、そんなに悪いのか。」



どうやら父は、この893のおじさんの兄貴分である○川さんに昔よく世話になったようで、何だかよくわからない内に893のおじさんとすっかり仲良くなっている。


は?


私は訳がわからぬまま、ただただ893のおじさんを睨み続ける。


父「○川さんによろしく言ってくれ、○桂の○谷だ。」

893のおじさん「兄ちゃん悪かったな。それにしても…」


おじさん私に近付きニコリと笑う。



893のおじさん「根性の座った嬢ちゃんだ。ずっと俺を睨んでやがった!アハハハハハ!!!」

父「俺の娘だ、当然だ。」

893のおじさん「兄ちゃん悪いようにはしない。どうだ、この嬢ちゃん俺にくれねーか?立派にしてやるから。」

父「ふざけんじゃねーぞクソジジイ!!」


マジギレ。


893のおじさん「ハハハ、悪い悪い。でもなぁ勿体ねーなあ。嬢ちゃん困ったことがあったらいつでも来な。」


893のおじさんはニコリと笑って私の頭を撫でた。


893のおじさんは運転手だったチンピラさんに頭を下げさせ、

「じゃあ、またな。」

と言い去って行った。



父は何事もなかったように車に戻り、

「ALABAMA、サイクリング行くぞ!」

とクシャクシャの笑顔で言った。

姉は「バッカじゃないの?」と呆れて呟く。



少し開けた窓から入る風が、Take it easyを口ずさむ父の軽快な歌声を車内に満たした。

自称ロックンローラーの父は、ストーンズやイーグルス、ツェッペリンやクイーン等をこよなく愛していた。

日本人なら井上陽水、や甲斐バンドあたりを好んだ。

私はそんな音楽を聞いて育ったせいか、NHKの教育番組などで流される子供むけの童謡が嫌いだった。
そして何故か我が家ではサザエさんとドラえもんも禁止だった。


保育園の先生が園児達に好きな歌は何かと尋ねると、同級生達は「山口さんちのツトム君」などの童謡やらを挙げていた。
私は迷わず「きんぽうげ」と答えた。


先生「ALABAMAちゃん、きんぽうげってどんな歌?」


私「あなーたにぃだかれるぅーのわぁこんやぁ~あぁあ かぎりね~」

熱唱。




先生はどこか忌ま忌ましく私を見つめ、そんな歌唄って・・・と溜息をつきながら他の園児の元へ去り、私の心は酷く痛んだ。


家に帰った私は事の顛末を涙ぐみながら父に話すと、

父は
「そんなくだらないヤツの言うことは気にするな!
お前は、お前の好きなものを胸を張って好きだと言ったんだ。それで良いんだ。」
と思いっきり抱きしめてくれた。


後日、父が保育園に殴り込みに行った事は記憶に新しい。




私の父に対する憧れと尊敬の念は次第に強くなり、小学校低学年くらいから将来は絶対に父と結婚する!
と豪語していた。



とある日。


父「ALABAMA、お前パパが結婚したらどうする?」

私「絶対ダメ。絶対に絶対にダメ。」
父「ははは、そうかそうか。わかった、ごめんな。」


父は困ったように笑いながら、私を抱き上げキスをした。
嬉しそうに、でもどこか寂しいような表情を伺わせていた。



小学校高学年で、女として成長し始めていた姉から
「アンタ、パパに結婚しちゃダメって言ったんだって?アンタって本当にバカ。」


姉によるとどうやら父にはいい人が居て、結婚まで考えていたらしい。
しかし私のあの一言で、そのいい人とは別れる道を選んだのだ。



その時の私はまだ幼く、自分のした事が何故バカと呼ばれる事なのかわからなかったけれど、高校生になり自分にも恋人が出来た時にその事を思い出し、私は私が父の幸せを壊してしまったのだと考えるようになっていた。



高校生になっても父の私への溺愛ぶりは健在だった。

が、恋人との付き合いに関しては寛大で、私の恋人もよく可愛がってくれた。



私はどこかいたたまれなくなり、
「パパも、もし好きな人がいたら結婚していいからね。まだ40歳なんだしさ。」
と言った。
しかし父は、
「もういいんだ。もういいんだよ」


と笑うばかりだった。

私がまだ小学校入学前のある夜。


父はどこかで買ってきた日本刀をバチのような道具でポンポンしながら上機嫌で酒を飲んでいた。



すると、

「こんばんはー」


夜も9時を回ろうとしており、父は半ばキレ気味に
「ALABAMA、開けてこい」
と私を玄関に向かわせました。


戸を開けるとそこには、中肉中背で髪のべったりとした髭面のおじさんが立っており
「ぼく、お父さんかお母さんはいる?」
と何処かいやらしい笑顔で私に言った。


男の子に間違われた私はかなり不機嫌になり、大声で

「パパー、変な人がいるー!」
と居間に居る父に向かって叫んだ。

すると父は無言でスタスタと玄関にやって来て、ガタガタ震えるおじさんに
「お前、宝石売りだな。上がれ。」

おじさん「い、いえいえ夜分遅くに失礼いたしました、ま、また次回にで…」
父「いいから上がれ!!!!」


ガタガタと震えている宝石売りのおじさん。


父の右手には先ほどの日本刀が握られていた。





有無を言わさず宝石売りのおじさんを居間に上げ、父はまた日本刀をぽんぽんしながら
「見せてみろ」
と、おじさんに投げるように言い放ち、 
おじさんは革の鞄からおずおずと色とりどりの宝石を取り出して並べ始めた。


「わ、悪い品ではございません…」
と、幾つか父に差し出すと
父「ALABAMA、何色が良い?」
私「青!ラピスラズリの青!」

父は宝石の中から青い石のついたピアスを取り出して、しばらくジーっと見つめ…


「お前、パチモン売る気か…」

おじさん「!!!!!!も、申し訳ございません!!!二度とお邪魔いたしませんのでどうかお許しをっ!!」

そう言いながらそそくさと宝石をしまい帰ろうするおじさんに、
父「待て!座らんかい!!」
と、おじさんを一喝。再び座らせ、
父「いいか、こんなご時世だ。お前も生きるのに大変なのはわかる。だがな、選ぶならもっとカモになりそうなヤツを見つけろ。家には二度と来るなよ。
家族いるのか?あ?ならな、このピアスは買ってやるから。」





父は日本刀片手に半泣きのおじさんを玄関まで見送り、
「きーつけてな。」
と言った。



居間に戻る時の父の背中と、肩に担いだ刀の鋭く光るひっさき。

TIME AFTER TIMEを口ずさむ父の姿は今でも私の中に色濃く残っている。