ハワイ式噴火は日本の噴火イメージと違い爆発というより、吹き上げても10メートルほど。粘り気のある溶岩がゆっくりと流れ出てくる。ニュースでは過激な映像が連日流されている。だが確かに住宅の被害は出てしまっているが、人が避難する時間の猶予があるので人身への被害は出ていない。
キラウエアに住む人たちは先祖代々からそこに暮らし、ペレと共に生きている(最近では別荘を建てて趣味で住む人も増えているが)。噴火が起きるかも知れないことは意識の中にあるが、それでもそこで生きることの方を優先し大切にしている。住み続けて被害が出ることは確かに避けたいが、そのリスクを考えたとしても守り続けたいものや、その土地やペレから受け取るものが大きい。目に見えるものだけでなく、目に見えないものも。
だが今回の噴火場所はいくつもある火口ではなくイレギュラーだったという。これ以上の被害が出ないことを祈ります。
Hawai'iを思う人たちは、この噴火をペレ(火山の神)の怒り…人が環境破壊をしたり心無い行為を繰り返すこと…だと述べているのを見かけます。
が、正直私はそうかな??と思っています。
環境破壊や人間の勝手な行動というのが良くないというのは言うまでもなくごく当たり前。前提中の前提。
そんなことを表現する為、ペレが怒ってその土地を大切にしている人たちの民家を燃やすことが何かを伝える為のパフォーマンスなのでしょうか。
これをペレの怒りだと言ってそこに絡ませ環境に優しいグッズを企業や個人が宣伝しているのを見たりすと、ああ、そういうことか…と興醒めしてしまう。
ペレが新しい家を探しているところ
ペレには夫がいました。
豚の姿で登場するカマプアアです。
二人はよく喧嘩をしました。
ペレは溶岩を流し、カマプアアは水で応戦。
溶岩が流れ、水で固まる。
その繰り返し繰り返しで島が大きくなっていきました。火の力と水の力がぶつかり合い新しい土地が生まれる。
女と男のエネルギーがぶつかり合った時新しい命が生まれる。
ペレとカマプアアの間にはオペルハアリイという息子が生まれます。
そう、何かが生まれる時は、二極の強烈なエネルギーとエネルギーがぶつかり合います。
それを繰り返して生まれたHawai'iの島々。
こうして島という命が生まれる瞬間に立ち会えるのがハワイ島。ハワイ島にいると、島が生きているのを肌で感じる。
地球そのものが生き物であることを改めて感じさせてくれる。
だがそれもたまたま自分が今この時代に生きているからこそ、その瞬間に立ち会えている。
たまたま…という自然がくれた偶然とタイミングのお陰だ。
人間にとっては酷である天災。
しかし、地球も生き物であり、島も生きている。
ペレだって、溜め息をつくこともあれば寝返りをうつこともある。
自然とはそういうものだということを、私はペレから感じています。
そして自分も自然の一部。
毎日同じ筈がない。
生きてると、全く予想外のことも起きてきたりする。怒ったり、笑ったり、おちこんだり、はしゃいだり… 毎日違う。
でもそれが自然。
どんな事が起きても起こしても、それでも生き続けて行くことそのものが、命。
一番身近な自然は、
自分。
自分を大切にすることが自然を大切にすること。
ペレは今、自分の中に溜まった情熱を吐き出しいるのかもしれないし、ちょっとガス抜きをしているだけかも知れない。
それは新しい何かが生まれる為かもしれないし、たまたまちょっと大きな深呼吸をしているだけかもしれない。
ペレなので…、ちょっと深呼吸しただけでも大規模になってしまうのだ。
いずれにせよ、本当のことは
ペレにしか分からない。
でもその全てが、ペレ。
そして、自然。
me ke aloha!