草原で羽化を待つ〜幸せのもこっと日記 -3ページ目

草原で羽化を待つ〜幸せのもこっと日記

二人の子供と夫の四人暮らしのワーママです。
色々と考えたり気づいたりすることが大好きです。
「草原で羽化を待つ」は、そんな存在になりたいというところから、「もこっと」は、何かが出てくる感じから、つけました。

どうぞよろしくお願いします。

明けましておめでとうございます。

今年こそはアウトプットするぞ、ブログ書くぞと言って、いったい何年経ったのか。

今年はもう、今年こそブログ書くぞなんて言いません。

抱負とか希望とか、もっとこうするぞとか、そういう活力に満ちたことはもう書きません。

書けません。

 

私の来年の目標は、できるだけ、いい気分で生きること、です。

今、そこからとても遠いところにいることを、自覚しています。

わたしは自分がいい気分でいるという事を、これまでの人生でずっとずっと無視してきました。

自分の気分や体調などは、一番後回しでした。

いつも「もっとやるべきこと」「自分の責務」みたいなものがあって、そちらばかりを必死にこなしていました。

 

そして、今もそうなんです。

それらにかこまれています。サラウンディッドバイザ責務!

重い重い波動です。

 

2021年はどんな年でしたか、と聞かれて、わたしはこう思います。

 

やっとそれが、しんどいということに気がついた年でした。

これまで、これでいい、こういうものだ、と思ってきました。

周りの人はどうあれ、自分はこうだと思っていました。

 

だけどそうではないかもしれない、わたしはしんどいのかもしれない、と思い始めました。

やっと、です。

それが2021年最大の収穫だったと言えるでしょう。

 

余談ですが、マッサージに行くと、大抵驚かれます。

え、これ、痛くないんですか、相当ですよ、みたいな。

 

ちょっと、誇らしくさえありました。

「全然、痛くないんです、わたし。どうも痛みに鈍感みたいで、平気なんです」っていつも言ってました。

 

その、自分が痛みに鈍感で、辛さに鈍感で、結構頑張れてしまうことに対する誇らしさに、やっと「それは違うのでは」と、思うことができるようになってきました。

 

だめだよ。

そんなことに誇らしさなんて感じなくていいよ。

しんどい時にちゃんとしんどくなろうね。

 

これからは、そういう時にもっと頑張るのを、少しずつ卒業していこうね、と思います。

しかし仕事と家庭は、これまで通り大変なことがたくさんあります。

我慢して、気張って、気合を入れて、なんとかかんとか乗り越える、、、みたいな、そんな状況です。

 

私には、すぐにそれを辞める勇気も胆力もありません。

だからしばらくは、この状況とともにありながら、少しずつ変えていくようにするしかないかなって思います。

 

普段描かないくせにたまに書くと長くなるけど気にせず、今日は思ってる事を全部書きます。

もう独り言なので、読んでくれてる人に申し訳ないけど、書かせてください。

 

2021年は、苦しい一年でした。

何が苦しかったかというと、仕事が苦しかったです。

とにかく、しんどかったです。管理職になんて上りたくなかった。

その中で1年で5人の人が退職したり去っていきました。

部長までいなくなりました。

新しくやってきたのは2人でした。

わからないことばっかりでした。新しいことばっかりでした。

自分が発案したことよりも、偉い人が思いついて降ってきた仕事もたくさんありました。

そして私はミスをしました。2回も。事故報告書を書きました。しんどかったです。

最後の1回は、仕事納めの日に発覚しました。

まだもめていて、年明けにその対応があります。事故報告書もこれから書きます。

 

毎朝起きて意識が戻った瞬間に、心臓が早鐘のように打って、プレッシャーと心配と不安で

朝しばらくそれの沈静化に腐心するという日々でした。今年1年、特に下半期は顕著で、

辛かった。今も辛いです。新年も1月1日に目が覚めた途端やっぱりこうでした。

 

年末になって、真剣に心療内科に行ってみようかと思いましたが、そんなこと考えたのは初めてでした。

 

そして家では旦那さんからの日々のダメ出しに心がたくさん傷つきました。

だいぶ言い返すようになりました。

関係性は全体的には良化していますが、彼の人を傷つけるような日常的なダメ出しは健在です。

そしてそれはボディブローのように私のなけなしの自己肯定感を削っていきました。

 

私はそれにも鈍感でした。

聞き流しているし平気だと思っていました。

だけど、やっぱり毎日傷ついているし、削られているんだなと、それにもやっと気がつきました。

 

2021年は、年初に父を亡くしました。12月に一周忌を終えて、1年が経ちます。

今月13日が命日です。

そう、1年前の今日は父はまだ存命でした。

亡くなる直前に、父は私の頭を撫でて、私を宝物だと言ってくれました。

私は父が亡くなった後、今に至るまで、ほとんど本当には泣いていません。

少し涙したくらいで、わーんと泣いたことがありません。

 

一年たった今、あのように父が大切だと撫でてくれた私自身を、私はちゃんと大切にしているだろうかと思うと、父に申し訳ないような気持ちがします。

 

私は1年間、とてもよく頑張りました。

だけど、私は私自身を幸せにするための努力をどれだけしたかというと、

あまりできなかったなぁと思います。

 

私は、とても怠慢な人間なのだと思います。

そして受け身で、勇気がない人間なのだと思います。

 

現実的には、それは真逆に見えることでしょう。

 

私は勤勉で、人一番エネルギッシュに動いているように見えるでしょう。

だけど、自分自身の心の声にちゃんと耳を傾け、自分自身の環境を整えることに対して

私はどこまでも動きが鈍く、先延ばしにし、置いてきぼりにしてきました。

 

本当に勤勉で勇気ある人は、自分自身の心の声に対して誠実に対処する人なのではないかなと思います。

 

ここでまた自分を責めても仕方ありませんね、悪い癖だわ。。。。

 

ともかく、2021年はしんどい年でした。

そしてこのままでは、2022年もまた同じような一年になりそうですが、それは嫌です!!!

 

というわけで、少しずつ、それを変えていきたい、それが今年の抱負です。

 

一方ではオタ活で大きな喜びを得た1年でもありました。

それはまた別の機会に書きます。

 

それから、自分にはもったいないような素晴らしい方との交流もありました。

しかしそれは、やはり波動があわずというか、わたしの波動がもう低く低くなっていたので

距離ができてしまうという結果になりました。

そりゃそうだなぁと思います。

 

そんな、低くてしんどい波動の中で苦しんだ2021年でしたが、1年何とか終わりました。

もう2022年になりました。

人生いつまであるかわかりません。

今年は自分を大切にすることを忘れないで、これまで優先度を一番低くしてきた自分のことを

少しずつ上げていきたいと思います。

 

まず、そのためのチャレンジとして、わたしは今、実家の親にお願いして、会社の仕事をするために

朝二時間の自由時間をもらったわけですが、どうしてもその気になれなかったので、一ミリも

仕事することなく、瞑想と、そしてブログを書くということにこの2時間を使いました。

 

そういうことを許してこなかったけど、仕事したくない、勉強したくない自分に鞭を打って、

頑張ってやるというのは、やめたいと思いました。

 

お母さんごめんね、子供たちごめんね。

全然仕事しなかったや。

でも、独り言いっぱい書けて良かった^^

 

だらだら駄文となりましたが、読んでくださった方ありがとうございました。