センター試験と雪はつきものとはいえ。
駅スパートなどを利用して、交通機関状況を把握した上で無事に帰ってきておくれ、こどもたち。
案ずるより生むが易く、下手な考えは休むに似ている。
点は自ら助くるものを助け、意志あるところに道は拓ける。
余力を残すな、全力を尽くせ。
never give up!
never,never,never!!!
念ずれば花ひらく。
皆様
あけましておめでとうございます。
といっても松の内過ぎ、すでにお会いした方々も多いのですが。
いよいよ、あなたが最大の力を発揮する時期が近づいてきました。
どうか、生涯最良の年にして下さい。
もちろん、この「最良」は今後随時更新ということでwww
29日に仕事納め。
自由が丘で少し時間があったので、目黒のとんかつの名店「とんき」の自由が丘店で夕食。
食事を終えて店を出るとき、おみ足の悪いここの老職人のオヤジさんが、
「今年はお世話になりました。どうかよいお年を。来年もよろしくお願いします。」
と丁寧に頭を下げてくれた。
「良いお年を」
という言葉はほとんど実体のない、祈りに近い、呪文のような言葉だ。
だって、われわれは明日の自分の命さえもどうなるかわからないのだから。
庄内の列車事故や温泉ガスで亡くなった一家のように。
一転、幸せが不幸になることもありうる。
もちろん、その逆も。
だからこそ、自分の手の届かないところを、乞い願う、真実の響きが胸を打つ。
というわけで、どうかみなさまよいお年を!
何があってもよいお年に!
運を天に任せてではなく、自らの力と努力とほんの少しの幸運でよいお年を!
そして、そのラッキーが誰かのアンラッキーの裏返しになりませんように。
オマケ
やっぱ今年の歌はこれだな。
My Way
*Def tech sound Shen and Micro 'round singing on and on and on
地に足付け 頭雲抜け 進む前に前に前に
手をつなげば怖くないから そこまでお前は弱くないから
でもいつまでも そばにいないから
Believe my way my way my way
*Def tech sound Shen and Micro 'round singing on and on and on
地に足付け 頭雲抜け 進む前に前に前に
手をつなげば怖くないから そこまでお前は弱くないから
でもいつまでも そばにいないから
Believe my way my way my way
"Believe it my way" are some words to live by
No matter how you feelin' even if you wanna cry
You gotsta do what you do, stayin' true to you crew
Givin'it soul on the role but always keepin' it new
With your own style own existence own reality
Bring complexity and love with creativity
Days are something special be your own vessel
Just take what'sinside and give it a wrestle
Bring it to the light of day take flight
Inject your own music to make up your own hype
It don't matter what you say gotsta do it my way
Don't display dismay stand up straight and portray
What you are inside so you know who you are
Livin' it up with no doubt ready for any scar
So that's it go make a hit go out benefit
From the words that we spit and never never ever quit
*Def tech sound Shen and Micro 'round singing on and on and on
地に足付け 頭雲抜け 進む前に前に前に
手をつなげば怖くないから そこまでお前は弱くないから
でもいつまでも そばにいないから
Believe my way my way my way
もうここまでやってきてしまったとか
もうどうでもいい どうすることもできないとか
諦め悲観し嘆き悲しみ 自分慰めいたわるその間にも
僕らを必要とする誰かがいる どこにいる
探すことで変わる やっと少しわかったフリ
腹から声出したせりふが行き交い
混ざり合い 語り合い that 係わり合いとてつもなくデカイや
So 出会いや 慈愛や From mouth to ear この限りある無限の世界が
君の地球へ Check your head 今イメージの上
Ya my way give it away give it away now
諦めんな 笑わせるな 慰めてんな そばで励ましてやんな Ah
*Def tech sound Shen and Micro 'round singing on and on and on
地に足付け 頭雲抜け 進む前に前に前に
手をつなげば怖くないから そこまでお前は弱くないから
でもいつまでも そばにいないから
Believe my way my way my way
Just do it "my way" take all these words to heart
Cuz it's the part to jump your life ahead to a new start
The way ti should go down from beneath your feet to crown
Take the first stem J-U-M-P out the ground
7.6.5.4 free up your mind
D-E-F Tech commin' at ya with the rhymes
Wa just doin' how we doin', livin our way too true
Bein' us as we livin' in this Tokyo Zoo
Reach out extend your hand you'll find somethin' to grab
Someone to help you no doubt when times make you sad
But just remember after the storm there will be calm
Just how the dust be setting like in Afgan when we bomb
Lift yourself up take heed lift up yourself indeed
Doin' "my way" you gonna find you got all that you need
Life is too short don't regret or loof back to forget
That you were true to "my way" stay real , it's a bet
*Def tech sound Shen and Micro 'round singing on and on and on
地に足付け 頭雲抜け 進む前に前に前に
手をつなげば怖くないから そこまでお前は弱くないから
でもいつまでも そばにいないから
Believe my way my way my way
夢と現実の狭間で 冷静と情熱の間で
リミットある one time 人生を満たされない日々もなんなくと
こなせる自分にまずなりたいと 思ったときからすぐにtight
Fight high と night proud 待ち続けてもでもすぐ震える今日
どんなにふけ年老いても これだけは忘れないでいてよ
まずマジ ”恥” ”劣等感” ”嫌悪感” 人に対する嫉妬心
ハズすバシバシ 話し吐き出し 泣き出しそれで確かに
今日はめでたし でも明日からまた新しい日が始まる
サッカーの観戦は、体験なので、その体験を筆者がどうとらえ、位置づけるかを注目します。
すると、
状況は一瞬で変わるから、すべてを意識的に判断する余裕などないはずだ。むしろ暗黙の情報流が旋回集散し、選手たちの体がそのもとで自動的に協調しているような気がしてこないだろうか……。
が、末尾にあります。
まだ、ここは「選手たちの…」とあるように、サッカーの例を引っ張っているので、最終的に残すかどうかは別として、マークしておくべき箇所です。
続いて、「試合の流れ」の例があって、その次に、「近代」の話題になります。「近代批判」はこの手の論調の基本パターンですから、要注意。近代を批判することで、「昔はよかった」バナシになるのか、それとも、「こういう新しいカタチにすべきだ」バナシになるのか、のどちらかに注目です。
そうしますと、
個々の人間が意識をもち、理性にしたがって自由に行動できる、というのは近代主義の大前提だ。…
↑
だが
↓
そこに、傲慢な思いこみは無いのだろうか。
と、反語表現で問題提起です。
その後には身体内部の情報流は意識できる量ではないこと、サッカー選手は無意識に感じながらプレーしていることが証拠としてあげられます。例証は論の証明展開ですから、先ほどの部分が論であったことがわかります。
次に「人間機械論」という「近代主義」が古臭くなったとあります。では、それに換わるものは何か?というと、
生物学的には、「個人」とは半自律的な細胞群からなる共生体に他ならない。それは複雑な情報処理がおこなわれる「社会」だとすら言える…
と、オートポイエーシス的な分析が出てきます。
さらに、「共生」という話題で「つながって」いきます。
共生というのは生物の本質的活動である。……われわれのような多細胞生物は、各細胞が生きるために協働しているのだ。
その後に南方熊楠の例があげられて「論証展開」になっていることからも、この部分が論だとわかりますね。
その後に再び問題提起。
とすれば「個体」とはいったい何だろうか。
ここから先は、この「問い」の答えへの流れを追いかけます。
まず、ハチの例から入り、そのまとめにまたも反語表現です。
われわれの社会や組織を、「意識をもった個人の集まり」ではなく、無意識をふくむ複雑怪奇なコミュニケーションが実行される「情報システム」と見なしたほうがいい場合もあるのではないか。
つまり、「見なしたほうがイイ━━━━━━ d(゚∀゚)b ━━━━━━ッ!!」
と強調しておるわけどすな。
されに、先の「個体とは何か」という問に対して、近代の個人主義の大前提となった概念について、けっしてそれが普遍的なものではなかったことが述べられます。
元来、個人(individual)とは、キリスト教思想にもとづく特殊な概念である。……むしろ、一人一人は自分が帰属する共同体の一部をなす、という発想のほうが普通だった
この辺、西谷修の「世俗化」はキリスト教固有の概念で普遍的なものではなく、それを前提とした近代化も普遍的なものではないという論調につながりそうですね。
さて、筆者はそこで、たんなる「昔の全体主義に帰れ」といいたいんじゃないのよとエクスキューズした後に、
個人の自由も責任も大切である。
↑
しかし
↓
肝心なことは、教条主義におちいらず、新たな科学的知見をふまえて、まず人間という存在の実態を虚心に見つめることだ。そしてそこから近代的諸概念をとらえ直していくことだ。
肝心ってんですから、ここがキモです。
後はこの主張の正しさを補うために、すでにこれだけヤバイこと起きてるよね、オレの考えが一つ処方箋になるかもよ、と言っているだけですから、今の部分が論でしょう。
多少整理しながら、つなげてみますか。
個々の人間が意識をもち、理性にしたがって自由に行動できる、というのは近代主義の大前提だが、それは傲慢な思いこみだ。
生物学的には、「個人」とは半自律的な細胞群からなる共生体に他ならない。それは複雑な情報処理がおこなわれる「社会」だとすら言える。
共生というのは生物の本質的活動であるり、われわれのような多細胞生物は、各細胞が生きるために協働しているのだ。
とすれば「個体」とはいったい何だろうか。
われわれの社会や組織を、「意識をもった個人の集まり」ではなく、無意識をふくむ複雑怪奇なコミュニケーションが実行される「情報システム」と見なしたほうがいい場合もあるのではないか。
元来、個人(individual)とは、キリスト教思想にもとづく特殊な概念である。……むしろ、一人一人は自分が帰属する共同体の一部をなす、という発想のほうが普通だった。
個人の自由も責任も大切である。
しかし、肝心なことは、教条主義におちいらず、新たな科学的知見をふまえて、まず人間という存在の実態を虚心に見つめることだ。
そしてそこから近代的諸概念をとらえ直していくことだ。
461w
字数が多いので150字以上カットします。
まず、2と3がまとめられそうというより、字数的に3をほとんどカットしますか。問題提起も大事ですが、問いかけの場合、言いたいのは「答え」の方ですから、「問い」もカットできますね、いざとなれば。
①個々の人間が意識をもち、理性にしたがって自由に行動できる、というのは近代主義の大前提だが、
②それは傲慢な思いこみだ。
③生物学的には、「個人」とは半自律的な細胞群からなる共生体であり、
④複雑な情報処理がおこなわれる「社会」と言える。
⑤そして、われわれの社会や組織は、「意識をもった個人の集まり」ではなく、
⑥無意識をふくむコミュニケーションが実行される「情報システム」だ。
⑦元来、個人とはキリスト教的特殊概念であり、普遍的価値ではない。
⑧個人の自由も責任も大切だが、
⑨肝心なことは、教条主義におちいらず、新たな科学的知見をふまえて、
⑩まず人間という存在の実態を虚心に見つめ、そこから近代的諸概念をとらえ直していくことだ。
299字
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これで「共謀法」が成立すれば、言論弾圧、思想弾圧までは一跨ぎですな。
ゴルァ!この非国民めがぁっ
てか?wwwwww
11月21日 月曜
緑P82 「21」
本居宣長『源氏物語 玉の小櫛』
11月28日
つづき
12月5日
緑P94 「24」
本居宣長『玉勝間』
12月12日
平中
12月19日
タームテスト~平中
20
古本説話集
21
枕草子
22
枕草子
23
大鏡
24
その他 冬用材料 演習材料解説シナリオ
年明け8日9日
駒場材料
その他オイシイもの
これからやること。意識すること。おさらいすること。
主述対応
目的語
指示語
ジャンル別方法論
話のパターン
時間の使い方~シナリオ作成
西垣通【ヒト科学21-基礎情報学】(メディア通じ自己創出する社会組織)要約
最初の段落は「人体の不思議展」の「体験」。
この体験で次につながるのは「同時に私は」以下の記述。
「それらが精肉店で見かける牛豚鳥の筋骨臓器と酷似していることに妙に感激した」。
ここから2段落の「普通」の話になる。
「われわれは~普通~見なしている」というのは、現状描写の典型的な表現で、科学的な文章において「普通、世の中ではこういうことがまかり通っている」ってのが出てきたら、「筆者の否定の対象、批判の対象」。
「われわれは普通、人間を社会的存在と見なしている。そこでの個人とは、自由意志にしたがって行為をおこなう単位体だ。」
↑
↓
「だがそれは一面であって、別の面では人間も牛豚鳥の親類である。」←どこが?=精妙な仕組み
精妙な仕組みを支えているのは「自由意志」←というより→神経やリンパ腺をめぐる無意識の情報流だ。+(さらに言えば)=人間とは、生命進化という巨大な遺伝情報流のなかで、多くの偶然により「生かされている」存在
とつながってくる。
その次の段落冒頭に「個人とは何だろうか」という問いかけがでてきます。直後に「生物学的に言うと」とすぐに「答」が出てきますが、これは「生物学的」な答のみであって、本来重要なのは、生物学的にも人体を一種の「社会」とみなすことができ、「こうして」生命体と社会とを結ぶ新たな情報流のモデルを考えることが可能→基礎情報学とはそういう学問、の流れから「オートポイエーシス」につながるところ。
「オートポイエーシスとは『自己(オート)』を作る(ポイエーシス)という意味だ」という耳慣れない概念の説明は最低限押さえておきたい。「オート」は「オートグラフ」の「オート」なんですな。そこから、「基礎情報学的に言うと」が出てくる。これは先の「生物学的に言うと」と対のかたちになっていますね。
さて、では「個人とは」「基礎情報学的に言うと」どうなるのか?というと、「個人とは一種のオートポイエーシスシステムに他ならない」さらに、「そして、」「社会的組織も、自分で自分を作り続けていく存在、つまりオートポイエーシス・システムだと考えられる」「これまで~」「しかし」「生成消滅するコミュニケーションが社会的組織を作ると考えることも不可能ではない=可能」「そこでは」「個人は背景にしりぞき、いかなるメディアによって、いかにコミュニケーションが続いていくかが問われる」
このような基礎情報学は「基礎理論」で「実用的効果を目指すものではない」「だが」「基礎情報学が何らかの洞察を与えることを期待」とあって、まあ最後は今後の研究成果を期待してるだけで、いってみれば手前味噌な宣伝となるから、この文章は基礎情報学の紹介とみればよいわけです。その中で人間とは、個人とは、社会とはが語られているということでしょう。
とりあえず、まとめてみましょうか。
われわれは普通、人間を社会的存在と見なし、個人を自由意志に従って行為をおこなう単位と見ているが、人体の精妙なしくみを支えているのは自由意志というより神経やリンパ腺をめぐる無意識の情報流であり、さらに言えば人間とは、生命進化という巨大な遺伝情報流のなかで、多くの偶然により「生かされている」存在だ。個人とは、生物学的には多くの細胞の共生であり、一種の社会として多様な情報交換の場と見ることができる。こうした生命体と社会とを結ぶ新たな情報流のモデルを考える基礎情報学では、それらをオートポイエーシス・システムととらえる。オートポイエーシスとは自己を作る「自己創出システム」であり、基礎情報学的には個人とはオートポイエーシス・システムに他ならない。そして、社会組織もオートポイエーシス・システムだと考えられ、生成消滅するコミュニケーションによって作られたものと考えられる。そこではいかなるメディアによって、いかにコミュニケーションが続いていくかが問われることになる。430w
これじゃ、字数が多いのでカットしたいですね。
人体の精妙なしくみを支えているのは神経やリンパ腺をめぐる無意識の情報流であり、
個人とは、生物学的には多くの細胞の共生であり、
一種の社会として多様な情報交換の場と見ることができる。
こうした生命体と社会とを結ぶ新たな情報流のモデルを考える基礎情報学では、
それらをオートポイエーシス・システムととらえる。
オートポイエーシスとは自己を作る「自己創出システム」であり、
社会組織もオートポイエーシス・システムだと考えられ、
生成消滅するコミュニケーションによって作られたものと考えられる。
そこではいかなるメディアによって、
いかにコミュニケーションが続いていくかが問われることになる。
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