〇昭和25年12月号 月刊文芸春秋。30年ほど前に神田の古書会館の市でヤマの中から見つけた本です。100円くらいの処分品でした。中国や韓国の現代史に興味があったので手に取りましたが、あとあとこの号は貴重な資料であることが分りました。
〇金公使の対談の部分を採録します。昭和25年6月に北の侵攻が始まりましたので、この対談はその数か月ごと思われます。
◎対日感情の変化
●金公使 そこで話が元に戻りますがね、総督政治の失政は創氏だけではないのです。日本語常用を強制して、韓国の文字と言葉を無くしようとしたのて背す。五千年の由来のある民族の歴史を無くし、三千万という多数の民衆の言語と文字を無くし最後の氏名までもなくして創氏改名をを無理やり強制したのですから歴史を持つ民族としては怒るのは当たり前でしょう。
〇学校のような場所では日本語を使用するよう指導したのは台湾も同様の事実です。しかし、文字については朝鮮文字を初等教育で教科書に使用していたことが最近の研究で明らかです。
〇戦後数年のこの時期に公使の立場の人が知らなかったのですから、日本に対する怨念は深いものがあったのでしょう。
●金公使 私も昭和14、5年以来ずいぶん憲兵隊や警察からイジめられましたね。
●鎌田 それにもいろいろの悲劇がありましたね。
●金公使 とにかく朝鮮語新聞を無くすし、教科書をまずなくするし学校や公会の席上で一切朝鮮語を使ってはならんという厳命です。優秀な学童がうっかりしゃべって落第したり、女教員が家庭との電話でお母さんが全然日本語がわからんもんですから、朝鮮語で話していたのを校長が聞きつけて、翌日さっそく左遷というわけです。昔学校で教えた朝鮮歴史の本を書斎に置いたために懲役に行ったものはいくらもあります。
●鎌田 南統治のころは歴史、民俗、政治を知らない軍閥官僚の独善画一政策でしたからね。しかしそれらの外にまだもう一つの大きな問題があるでしょう。例の労務の強制徴用。
〇南次郎1874-1955 朝鮮総督
〇日本人化政策を進めていたということです。どうしても末端へ行くと行き過ぎて悲劇を生みます。日本内地でも治安維持法で反体制派を弾圧しています。

