〇明治神宮崇敬会編 昭和37年刊 明治天皇50年の式年に近侍の当時生存者の記録。

 

◎出席者

園池公致  侍従職出仕

坊城俊良  侍従職出仕

平松時賢  侍従職出仕

岡崎泰光  侍従職出仕

久世章業  侍従職出仕

山川三千子 女官

甘露寺方房 侍従職出仕 受長の弟 ここでは甘露寺と表記します。

穂僕英子   女官

山口節子   女官

甘露寺受長 侍従職出仕 方房の兄 ここでは明治神宮宮司在職

         中により、宮司と表記します。

 

●坊城 お薬はお嫌いでしたね。侍医の方から差し上げても壺へ吐いてしまわれるんです。牛乳もお嫌いだった。香水はお好きでした。

 

●坊城 たくさん香水の瓶がありましたね。

 

●坊城 それから時計がお好きで、懐中時計などたくさん御座所の奥の部屋に行くとありました。指輪もお好きで自分でもはめておられた。

 

●久世 随分太い龍のあるものなど、小指にはめておられた。

 

●坊城 あの頃は一帯に指輪というものがはやっていて、奧でも皆用いていたんじゃないかと思う。

 

〇陛下はごく質素な生活をされたのだけれど、反面、宝石や刀剣などを好まれて高価なものを購入しようとされました。侍従長が高額なものの購入を制限されたような回想があります。

 

〇陛下があまり高額なものばかりをお買いになると、帝展や各種展覧会や品評会でお買い上げになる予算がへって作家への奨励が出来なくなるというような説明をして納得していただいたようです。