〇八幡建治著 昭和55年 私家版

〇明治41年生まれの著者が語る大正から昭和の新潟市

〇表題「下町の子」は新潟市の町中の生まれであれば「しもまちの子」と読むはずです。

〇「しも」とは新潟市の総鎮守白山神社を「上 かみ」一番町とし、大体十二番町以降の信濃川の川口近くまでをいいます。

 

●今度友達が来たら、家で友達とトランプ遊びができると楽しみながら、トランプを並べたり、チョキを切る練習をしているところへ父が外出から帰ってきた。父は座りもしないで私の顔を見ていたが、「健、それなんだ」と解っていながら聞いたので、「うん、トランプらねっかね」と答えた。

 

●「誰が買ってくれたのだ」と再び聞いた。「俺の正月の小遣いで買ったんだがね」と答えるやいなや「この馬鹿野郎奴、自分の金だからといって、何買ってもいいのか、子供のくせに今から博奕遊びをする奴は碌な人間にはならん。オタタお前黙っていたのか」と今度は母にとばっちりが飛んだ。

 

●あまりの剣幕に呆然としていたが、父はなお母に対して「お前も、お前だ。こんなざまで子供が立派になれると思うのか、この馬鹿野郎奴が」というやいなや、トランプをわしづかみにして台所のヘッツイに投げ込みあっという間にマッチを擦って燃やしてしまった。

 

〇ヘッツイ かまどのこと。

 

●その間に母が小声で「早う謝って外へ行け」と注意をした。私は惜しくてしようがなかったが、父の脇へ行って「今度から買わないから勘弁してね」とおどおど謝った思い出がある。

 

●父は、漁場でロシア人達が集まれば、トランプに興じ、賭けをしているのでトランプは博奕の道具と思い込んでいたようだ。

 

〇気の荒い船頭やロシア人と渡り合うのだから、このぐらいのことは何でもないことだったでしょう。殴られた健は訳が分からなかったけれど、とにかく謝ってこの場を逃れるしかなかったようです。