○坊城俊良著 宮中五十年 明徳出版 昭和35年刊

○坊城俊良1893-1966 幼少にして侍従職出仕以来、宮内官として皇室に奉仕した。旧伯爵。

○明治天皇1852-1912

○英照皇太后1835-1897(孝明天皇女御 のち皇太后に冊立)

○昭憲皇后1849-1914(明治天皇皇后)

○貞明皇后1884-1951(大正天皇皇后)

 

●やさしい皇后様と少年達

 

●御用邸では、食事の後、女官達と一緒に皇后様もお相手になられてゲームやお庭の遊びがあった。室内では玉突きや歌歌留多、投扇などの賑やかなゲームがあり、たまにはお庭のお散歩のお供をし、季節には松露などを取って一日を楽しく遊ばしていただいた。今日の言葉でいうならば、私たち子供のためのリクリェーションであった。

 

●歌歌留多は源平に分かれて勝敗を争うこともあれば、一人一人で競技することもあった。皇后様は子供達のお相手をされて、やさしくいたわられ、御機嫌伺いというよりも楽しく遊ばせていただくために参上したようなものであった。

 

●おやつは御前でいただいた。どんなときも固くならずにのびのびとしていられた。まるで肉親の叔母様を訪ねて、甘やかされているような気安さ楽しさであった。私がその日を無上の楽しみにしたのも当然であったと思う。

 

●帰りの時間の許す限り、面白く楽しくすごさせていただき。いよいよ帰りの時間が来ると子供心に淋しくなった。時間の経つのがうらめしかった。帰りにはお心づくしのお土産をいただき、一々御前で拝見してお礼を申し上げる習わしであった。

 

●東京へ帰ってから、その日一日のことを詳しく書いて御用邸にお送りし、皇后様の御覧に入れた。みな、張り切って、頭をひねって一生懸命書いたものである。

 

〇昭憲皇后はやさしい母であり、学校の先生のような方という印象を受けます。

 

◎阪神タイガース とにかく打線のてこ入れが必要です。昨日の試合は貧打に終わりました。トレードもできます。ひょっとして5割を秋に確保できれば、かすかにプレーオフチャンスがある。

 

◎今日は5対0で安心とおもったら4点取られてあわや逆転。継投ミスなのかわかりませんが、西がバントをしないでフリーに打った。解説の黒田さんがしっかり送る場面という様な言い方をした。ここはベンチのサインで打たせたのか疑問。

 

◎押さえれば打たない、打てば逆転という悪循環を断つためには、1点でも取れるときにはとっていくという、采配が必要ではないか。