○宮武外骨1867年-1955年

○宮武は明治憲法発布の式典を風刺して、骸骨の議会の絵にして出版し、不敬罪で逮捕されて入獄しました。しかし、宮武の出すさまざまな雑誌は、学者や文化人の支持を得て長く続きました。

〇昔から使われてきた言葉で人を表す符丁の様ないい方を集めたものです。たとえば落語に出てくる「与太郎」は少し間抜けな者をいいます。このように今でも使われているものと忘れられたものがあります。宮武はここでは江戸期のものを多く集めています。

 

〇ここからいくつか面白いものを紹介していきます。

 

●宮武外骨 日本擬人名辞書  18 「つ」の部

 

●「づぶ六」   乱暴者をいう、つぶ は全くの意、全く本性違える酔漢、六は人名に擬せしのみにて異議なし

 

〇づぶは今は「つぶの素人」のみ残っているように思います。

 

●「鶴太夫」   万歳の太夫をいう、その舞い衣に鶴の模様あるによる、文化ころの狂句に「せん年の通り 舞い来る鶴太夫」といへるあり、

 

〇正月の縁起付けに門口に来る三河万歳の太夫の裾模様に鶴が描かれているということです。狂句の「せん年」は 先年と千年を鶴にかけています。

 

〇このような三河万歳は新潟市にも昭和30年代の中頃までは来ていました。10円あげたように思います。小沢昭一がこのような民間伝承の芸能の記録をたくさん残しています。