『名もない祝福として』はやりとりの面白さが強みだと思う。
不条理劇というジャンルであれば、この戯曲に限らず必然的にそうなるのではないかと思う。
やりとりの面白さ、それは要するに「関係性」の面白さ。
キャラクターの面白さ、では決してない。
当たり前だけど、芝居は他者と他者が出会うことで成立する。
役以前の役者同士が現場で出会うこと、そしてそんな彼等が「役」として板の上で出会うこと、要するに関係性が大前提なのが芝居だと思うし、優れた作品は関係性がしっかりしている。
キャラクターの面白さは、関係性の面白さが出来たときに自然についてくる。
関係性の中で活きていなければどんなプランもただの「我」になる。
個人が「個」として主張するだけでは、やりとりは成立しない。
ピン芸人が一芸を披露するならそれでも良いが、やはり芝居は「独り」の世界ではないので、キャラクターの面白さだけを強く押されても作品の面白さには繋がらない。
これは毎回感じることではあるけど、『名もない祝福として』ではより一層意識させられている。
この作品、とにかく設定が特殊だ。
(まあ、そんな凄いわけではないですけど・・・ でも一場でお客さんにシチュエーションに興味を持ってもらえないと2場に繋がらない)
小手先が通用しないので、役者の力量が試される戯曲だと思う。
NYと東京でこれまで300人以上の役者に接してきた中で、上手いと感じる役者、息の長い役者(需要のある役者)にはシンプルな共通点がある。
私が見てきた範囲ではありますが、需要のある役者は漏れなく
シャイ
です。
『名もない祝福として』のキャスト陣32人、色々な個性が入り乱れていますが、3週目に入り、それぞれが「設定」「関係性」を模索しています。
これから約一ヶ月半で、その成果がどう実を結ぶのか、ご期待下さい・・!



