禅の十牛図について技術的な側面から解説します。
(「悟りに至る十牛図瞑想法」より)
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第3章 第四 得牛



久埋郊外、今日逢渠
由境勝以難追、恋芳叢而不已
頑心尚勇、野生猶存
欲得純和、必加鞭撻

久しく郊外に埋もれて今日渠(かれ)に逢う
境(きょう)、勝(すぐ)るに由(よ)って以て追い難し、芳(ほう)叢(そう)を恋(した)うて而も已(や)まず
頑(がん)心(しん)尚(なお)お勇み、野生猶(なお)存す
純(じゅん)和(な)を得んと欲せば必ず鞭(べん)撻(たつ)を加えよ


竭尽精神獲得渠
心強力壮卒難除
有時纔到高原上
又入烟雲深処居

精神を竭(けつ)尽(じん)して渠を獲得す
心強く力壮(さか)んにして卒(にわか)に除き難し
有る時は纔(わず)かに高原の上(ほとり)に到り
又煙雲深き処に入って居(きょ)す
 

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密教ヨーガと顕教ヨーガの一番の違いは、外見的なものもさることながら、そこに登場するアイテムだ。密教ヨーガ系では、巷間の書物にも見られるように、チャクラ、クンダリーニ、ナーディ、真我、五気などが頻繁に出ている。

 

一方、顕教ヨーガの代表的文献であるヨーガスートラは、真我、ナーディ、五気ばかりだ。同じく”ヨーガ”といいながら、顕教ヨーガにはチャクラもクンダリーニも一切登場しない。

 

つまり、扱われるエネルギーの種類も生気系と光輝系というように異なるのだ。

従って、表面的な技術が全く違うのも当然だと言えよう。


光輝系の管を立てるには、管を何かで支えなければならない。

そしてその役目を果たすのが、光輝系の五気だ。それによって管が支えられ安定する。

 

ところがこの「得牛」レベルでは、光輝系の五気に直接働きかけ、自力でその力を強化するのは極めて難しい。師の傍らに坐り光輝系のエネルギーを受け続ければ自然に強化できるが、独力ではまず不可能だ。そこで唯一残された手段が、生気系の五気を用いる間接的な方法なのだ。

 

両者は元々異なる次元で活動するものだが、質的に一部だけ重なるところがあるため、生気系の五気を高めると結果的に光輝系の五気の働きも強まる。だからとりあえず、生気系の五気を使って生気系の管を立てるのが早道だということになるわけだ。これは、達磨が少林寺に伝えたとされる易筋経と洗髄が生気系五気の強化法であることからも想像に難くない。