孟子の言う「自得」とは、

他人の知識や経験を振りかざすのではなく、「自ら得よ」という意味です。

借り物を振り回すようでは、自己顕示欲が満たされるだけで、虚しいだけです。
孔子も「知るを知るとなし、知らずを知らずと為す。これ知るなり」と言っています。


もし借り物ならば、引用は引用先を明示し、他人に聞いたことはそれを付記し、また自分の発見は自分で見つけた、と言うのが本当だと思います。
さもなくば、いつまでも「自得」にはならないでしょう。
これは「見牛」を妨げる理由の一つでもあります。


「何かを知るためには、あなたもそれにならなければなりません。
あなた自身もその経験を持たなければなりません。」
「自我の終焉」クリシュナムルティ 篠崎書林刊