送電線の点検路のつづら折り道。
これは……近く、というよりもすぐ前に出るようです。
よろめきながら駆け上がります。
そして……
隧道、ですね。
この馬蹄型、「山さ行がねが」でよく見る森林鉄道の廃隧道に
そっくりのような気がします。
貫通しています。長さは2~30mくらいでしょうか?
振り返ると平場が続いています。
少し辿ってみましたが、ずっと先まで続いていました。
ただ、擁壁や石垣といったものはなく、ただの山道にしか見えません。
足下に石垣がありました!
変な話ですが、この石垣を見てここが和田川軌道の路線跡だと
確信しました。
次は隧道を通り抜けます。かなり荒れています。
通り抜けた先もやはり平場が続いています。
こちら側にも短いですが石垣があり、
人の手が入った路盤だということを確信させてくれます。
下には有峰林道が見下ろせます。
比高はまだ2~30mくらいあるでしょうか?
有峰側の坑門です。
現地では気がつきませんでしたが、やばい感じで裂け目が入っています。
しかも傾いているような……
昭和13年開通とのことですが、昭和5年に開通した千垣から粟巣野への軌道のような
特徴的な飾り模様はありません。
小見隧道(仮)
坑門の上にも石垣が見えます。
内部は土砂が流入していてよく分かりません。
ただ、真ん中の5~60cm位が掘られて低くなっていた痕跡があるように
思いました。
小見側に戻ってきました。
有峰林道も和田川軌道も、この深い渓谷を克服しようとした
努力の結晶なんですね。
また、そこまでさせた電源開発という巨大事業の凄さを感じさせられます。
さて、この隧道ですが、実は発見はかなり困難だったと思われます。
まず小見側ですが、道路から見ることができたはここから100mほどの間だけで、
あとは全く見えませんでした。
有峰側も、見えたのはこの周辺50mほどの区間のみです。
更に、有峰林道の開通期間は6月1日~11月中旬なので、
その間はずっと繁茂した林に遮られていると思われます。
車で、短い区間で、遮る木々を通して、ということであれば
普通は見えません。
冬期閉鎖後に歩いて入ったという偶然が発見につながりました。
路線跡を上流、下流に歩けば他にも遺構が見つかるかもしれません。
噂ではさらなる隧どid○xg△zz