3才と1歳の子供をマンションに約50日間放置して餓死させた母親の判決…
懲役30年。
長女が、ニュースを一緒に見ていて、その母親が、お母さんと全然違って可愛くていいなぁ…と言い出した。
でも、このお母さん…
この小さい子供たち、置きっぱなしにして、子供が死んじゃったんだよ!?
と言ったら、初めて
「え!!(゚_゚;)」
と、びっくりしていた。
今…ニュースで、言ってたじゃん…
何聞いてたの!?
と言ったら…
そこで、ようやく
「え!?この子たち、死んじゃったの?こんなに小さいのに二人でい暮らしてたの?…可哀想…。」
と、ベランダのゴミの山の映像を見ながら、言いだした。
あんた、今一緒に見てたじゃん…。
そういえば。
自分が子供の頃…
ニュースばかり、流れてて…
当時、意味わかんなかった。
親は、ニュースばかり見てて…何が面白いんだろうって、不思議で仕方なかった。
ニュースで流れる言葉というのは、なかなか耳に入らず、理解も出来なかった。
「固定資産税」も「コテ石、サンゼイ」って聞こえてた。
…長女も、きっと今、そうだ。
そうなんだ。
ニュース、一緒に聞いてても、私みたいに聞こえてないんだ…絶対。
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母方の祖母が、「認知症」だと診断された。
…みんな、予想していたけど、実際に脳の検査結果から、はっきり断定されると…やはり聞いた時は、ショックだった。
認知症…
どうなっていくんだろう…おばあちゃん。
おじいちゃんは、十数年も前に他界していて、それからずっと一人で暮らしていたおばあちゃん。
その一人暮らしも、もう限界だろう。
おばあちゃんには、六人もの子供たちがいて。
四人の娘のうちの一人である母は…
やはり、自分の母親が老いていくのは、戸惑いがあるようで…話した事すぐ忘れるとか、日にちも分からないとか、ささいな事に腹を立てている。
私からしたら、おばあちゃんが可哀想で仕方ない。
認知症は病気のせいだし、おばあちゃんが悪い訳じゃないのに…。
誰が、面倒見るとか。
誰が病院に付き添うかとか。
誰が、買い物に行くとか。
誰は、やらなくてズルいとか。
誰は、義親の世話したから無理とか。
もう、やったからやりたくないとか。
なんか、六人もいるのに…六人もいるからか、みんなで責任の押し付け合いしてて…
母とその兄弟のそんな姿が…醜い。
「役員決めじゃないんだから、下向いてればやらなくて済むとか…そういう問題じゃないんじゃない。
もし、誰もやりたくないなら、大変でも、お母さんが面倒見てあげたら。そうしたら、おばあちゃんが亡くなった時、後悔しないんじゃない。」
そう、伝えた。
母には、祖母が亡くなった時に
そんな事を揉めたことで
後悔して貰いたくない。
母は、三男の嫁であったのに同居していた義母を最後まで責任持って面倒見て、最期を看取った。
当時は、嫁姑の関係が大変だったし、よく揉めている姿を見て育った。
けれど…亡くなる直前、おばあちゃんが病室で…
「○○の作った天ぷらが食べたい」
母の手料理を食べたいと言った。
もう、殆ど食事出来なくなっていた祖母のその言葉で…
母は、翌日祖母の好物の天ぷらとそばを張り切って作って持って行った。
祖母は、一口しか食べられなかったけれど、すごく嬉しそうに食べていた姿を思い出す。
母は、遊びたい盛りの私にも、学校の帰りに必ず病院に寄るように言った。
当時は、面倒臭い…そう思った時もあったけれど、毎日病院へお見舞いに行った。
花火大会に行く前は、浴衣姿を見せに行った。
キレイだって言ってくれた。
孫の私や弟が行くと、一瞬元気になっているように見えた。
それでも祖母は、どんどん弱って行き、だんだん眠っていて目を開けない日が増えてきた。
ある時、びっくりするぐらい意識がハッキリしていた。
私たちの名前をみんな呼んで、「ありがとう」と言った。
それから、数日後…祖母は息を引き取った。
結局、祖母の最期を看取るのに間に合ったのは、母と…私たち子供たちだけ。
最期に呼んだ名前は、母の名だった。
母は、祖母が亡くなり、誰よりも泣いていた…。
あれから十数年。今も、かかさず毎朝お供えのご飯とお茶はかかさない母。
実の娘のお供えですら、正直面倒に思う時もあるのに…
すごいなって、そこは尊敬する。
よくお仏壇に話しかけているし。
彼岸の入りには、おはぎを作る。
今日は、たまたま夢に死んだおばあちゃんが出て来た。
おばあちゃんに、「芽依は死んじゃったんだけど、これが次女だよ~」って、何故か次女を夢の中で紹介していた。
芽依が亡くなった時…その亡くなった顔が、おばあちゃんによく似ていた。
今日見た夢って、どんな意味があったのかな。
母から、芽依にもお供えしてと、おはぎを貰った。
私も自分で、おはぎ作れるようにならなくちゃな。
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…みんな、予想していたけど、実際に脳の検査結果から、はっきり断定されると…やはり聞いた時は、ショックだった。
認知症…
どうなっていくんだろう…おばあちゃん。
おじいちゃんは、十数年も前に他界していて、それからずっと一人で暮らしていたおばあちゃん。
その一人暮らしも、もう限界だろう。
おばあちゃんには、六人もの子供たちがいて。
四人の娘のうちの一人である母は…
やはり、自分の母親が老いていくのは、戸惑いがあるようで…話した事すぐ忘れるとか、日にちも分からないとか、ささいな事に腹を立てている。
私からしたら、おばあちゃんが可哀想で仕方ない。
認知症は病気のせいだし、おばあちゃんが悪い訳じゃないのに…。
誰が、面倒見るとか。
誰が病院に付き添うかとか。
誰が、買い物に行くとか。
誰は、やらなくてズルいとか。
誰は、義親の世話したから無理とか。
もう、やったからやりたくないとか。
なんか、六人もいるのに…六人もいるからか、みんなで責任の押し付け合いしてて…
母とその兄弟のそんな姿が…醜い。
「役員決めじゃないんだから、下向いてればやらなくて済むとか…そういう問題じゃないんじゃない。
もし、誰もやりたくないなら、大変でも、お母さんが面倒見てあげたら。そうしたら、おばあちゃんが亡くなった時、後悔しないんじゃない。」
そう、伝えた。
母には、祖母が亡くなった時に
そんな事を揉めたことで
後悔して貰いたくない。
母は、三男の嫁であったのに同居していた義母を最後まで責任持って面倒見て、最期を看取った。
当時は、嫁姑の関係が大変だったし、よく揉めている姿を見て育った。
けれど…亡くなる直前、おばあちゃんが病室で…
「○○の作った天ぷらが食べたい」
母の手料理を食べたいと言った。
もう、殆ど食事出来なくなっていた祖母のその言葉で…
母は、翌日祖母の好物の天ぷらとそばを張り切って作って持って行った。
祖母は、一口しか食べられなかったけれど、すごく嬉しそうに食べていた姿を思い出す。
母は、遊びたい盛りの私にも、学校の帰りに必ず病院に寄るように言った。
当時は、面倒臭い…そう思った時もあったけれど、毎日病院へお見舞いに行った。
花火大会に行く前は、浴衣姿を見せに行った。
キレイだって言ってくれた。
孫の私や弟が行くと、一瞬元気になっているように見えた。
それでも祖母は、どんどん弱って行き、だんだん眠っていて目を開けない日が増えてきた。
ある時、びっくりするぐらい意識がハッキリしていた。
私たちの名前をみんな呼んで、「ありがとう」と言った。
それから、数日後…祖母は息を引き取った。
結局、祖母の最期を看取るのに間に合ったのは、母と…私たち子供たちだけ。
最期に呼んだ名前は、母の名だった。
母は、祖母が亡くなり、誰よりも泣いていた…。
あれから十数年。今も、かかさず毎朝お供えのご飯とお茶はかかさない母。
実の娘のお供えですら、正直面倒に思う時もあるのに…
すごいなって、そこは尊敬する。
よくお仏壇に話しかけているし。
彼岸の入りには、おはぎを作る。
今日は、たまたま夢に死んだおばあちゃんが出て来た。
おばあちゃんに、「芽依は死んじゃったんだけど、これが次女だよ~」って、何故か次女を夢の中で紹介していた。
芽依が亡くなった時…その亡くなった顔が、おばあちゃんによく似ていた。
今日見た夢って、どんな意味があったのかな。
母から、芽依にもお供えしてと、おはぎを貰った。
私も自分で、おはぎ作れるようにならなくちゃな。
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長女が、学校の授業で書いた作文を持って帰って来た。
先生が出したタイトルは
「心に強く残ったこと」
長女が、選んだ
心に強く残ったこと…
それは、「妹の死」についてだった。
私に何も相談する事なく自分で考えて決めた題名が
「天使になった妹」
…あら?これ、どっかで聞いたことあると思ったら…私のブログタイトルに似てるじゃん。
母娘で、考えること一緒なんだな(笑)
って…なんだか、嬉しくなった。


















「天使になった妹」
4月ごろ、9月に三番目のきょうだいが生まれるのを知りました。
私は、どんな子が生まれてくるのか、とても楽しみでした。
5月ごろのある日、私が学校から帰って来ると、お母さんがいませんでした。友達と遊んで、五時半ごろ帰ってきても、まだ帰ってきませんでした。何分かたって、おばあちゃんから電話がきました。
「お母さんは、赤ちゃんが生まれそうだから病院に行ったよ。しばらく帰ってこないから、今日はおばあちゃんの家にとまりな。」
次の日になりました。車で、少し遠いお母さんがいる病院に行きました。
お母さんの部屋に行ったら、まだ赤ちゃんは生まれていませんでした。お母さんは、私に言いました。
「5月中に、生まれちゃいそうなんだ。4ヶ月も前に生まれたら、病気になっちゃうよ。」
私は、心配になりました。
それから何日かたって、ずっとおばあちゃんの家にいたので、おばあちゃんの家から学校に行きました。
そして、5月の30日。妹が生まれました!
まだ生まれたばかりで、会ったこともありません。お母さんは、
「まだすごく小さいんだよ。
体重なんて何グラムしかないし、千グラムなんてまだいってないくらいだよ。」
妹は、9月までずっと病院にいるそうです。
それから3ヶ月、8月ごろ。
私の妹は病気にかかってしまいました。
私が赤ちゃんのころにかかった似ている病気だそうです。
お母さんは、とても泣いていました。
私も泣きたかったけど、妹もがんばっているから、私が泣いたら、なさけないと思って泣くのはやめました。
何日かたって、7月31日、私の妹は亡くなりました。
私は、とても悲しくて、おさえていたなみだがたくさん出てきました。
家族が、とても大切な物だとはじめて知りました。
おそうしきで、おぼうさんが言ってました。
「いつか、だれかが、生んだうちの一人の赤ちゃんが、死んでしまった妹になるんだよ。他の子になって、また新しくたんじょうするんだ。」
私は、いとこや、しんせきの赤ちゃんなどを私の妹だと思って、大切にしようと思いました。
お母さんも、
「人間は、悪いことをしたら、死んで、雨になったり雪になったり土になったりするんだよ。」
と、言っていました。
私は、妹がいつか生まれかわって、私もいっしょに遊びたいと思いました。


















…そんな、内容だった。
日にちにズレは、若干あるものの…
長女の心には、こんな想いがあったんだな…って。
妹が頑張ってるんだから、自分は泣いちゃいけない…とか
妹を心配する気持ち…
妹の死を通して
命の大切さ…
家族の大切さ…
そして、お坊さんの言葉をちゃんと受け止めていた様子など…
正直、あの時の私は自分の気持ちをなんとかするのに精一杯だったから。
長女の気持ちまで受け止めてあげる余裕もなければ、知ろうと思える余裕もなかった…。
今になって改めて、あの頃、こんな事考えていたんだな…って、知る事が出来た。
文章の最後にあった、人間は悪い事したら雨になるとか土になるとか…
あんな事、私言ったっけな…?
って、よくよく考えてみたら…
確か随分前に話した中で
「生まれかわったらまた人間になれるの?」
と、聞かれて。
脅しの意味も込めて、
「良い人間でいないと人間には生まれ変われないな。悪い事したら…~」
って、確かそんなような事を話した。
子供は、案外、思ってもみない事を真剣に受け止めてしまうんだな。
適当に答えちゃいけないな…(笑)
って、反省した。
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先生が出したタイトルは
「心に強く残ったこと」
長女が、選んだ
心に強く残ったこと…
それは、「妹の死」についてだった。
私に何も相談する事なく自分で考えて決めた題名が
「天使になった妹」
…あら?これ、どっかで聞いたことあると思ったら…私のブログタイトルに似てるじゃん。
母娘で、考えること一緒なんだな(笑)
って…なんだか、嬉しくなった。


















「天使になった妹」
4月ごろ、9月に三番目のきょうだいが生まれるのを知りました。
私は、どんな子が生まれてくるのか、とても楽しみでした。
5月ごろのある日、私が学校から帰って来ると、お母さんがいませんでした。友達と遊んで、五時半ごろ帰ってきても、まだ帰ってきませんでした。何分かたって、おばあちゃんから電話がきました。
「お母さんは、赤ちゃんが生まれそうだから病院に行ったよ。しばらく帰ってこないから、今日はおばあちゃんの家にとまりな。」
次の日になりました。車で、少し遠いお母さんがいる病院に行きました。
お母さんの部屋に行ったら、まだ赤ちゃんは生まれていませんでした。お母さんは、私に言いました。
「5月中に、生まれちゃいそうなんだ。4ヶ月も前に生まれたら、病気になっちゃうよ。」
私は、心配になりました。
それから何日かたって、ずっとおばあちゃんの家にいたので、おばあちゃんの家から学校に行きました。
そして、5月の30日。妹が生まれました!
まだ生まれたばかりで、会ったこともありません。お母さんは、
「まだすごく小さいんだよ。
体重なんて何グラムしかないし、千グラムなんてまだいってないくらいだよ。」
妹は、9月までずっと病院にいるそうです。
それから3ヶ月、8月ごろ。
私の妹は病気にかかってしまいました。
私が赤ちゃんのころにかかった似ている病気だそうです。
お母さんは、とても泣いていました。
私も泣きたかったけど、妹もがんばっているから、私が泣いたら、なさけないと思って泣くのはやめました。
何日かたって、7月31日、私の妹は亡くなりました。
私は、とても悲しくて、おさえていたなみだがたくさん出てきました。
家族が、とても大切な物だとはじめて知りました。
おそうしきで、おぼうさんが言ってました。
「いつか、だれかが、生んだうちの一人の赤ちゃんが、死んでしまった妹になるんだよ。他の子になって、また新しくたんじょうするんだ。」
私は、いとこや、しんせきの赤ちゃんなどを私の妹だと思って、大切にしようと思いました。
お母さんも、
「人間は、悪いことをしたら、死んで、雨になったり雪になったり土になったりするんだよ。」
と、言っていました。
私は、妹がいつか生まれかわって、私もいっしょに遊びたいと思いました。


















…そんな、内容だった。
日にちにズレは、若干あるものの…
長女の心には、こんな想いがあったんだな…って。
妹が頑張ってるんだから、自分は泣いちゃいけない…とか
妹を心配する気持ち…
妹の死を通して
命の大切さ…
家族の大切さ…
そして、お坊さんの言葉をちゃんと受け止めていた様子など…
正直、あの時の私は自分の気持ちをなんとかするのに精一杯だったから。
長女の気持ちまで受け止めてあげる余裕もなければ、知ろうと思える余裕もなかった…。
今になって改めて、あの頃、こんな事考えていたんだな…って、知る事が出来た。
文章の最後にあった、人間は悪い事したら雨になるとか土になるとか…
あんな事、私言ったっけな…?
って、よくよく考えてみたら…
確か随分前に話した中で
「生まれかわったらまた人間になれるの?」
と、聞かれて。
脅しの意味も込めて、
「良い人間でいないと人間には生まれ変われないな。悪い事したら…~」
って、確かそんなような事を話した。
子供は、案外、思ってもみない事を真剣に受け止めてしまうんだな。
適当に答えちゃいけないな…(笑)
って、反省した。
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