【『訳者まえがき』より引用】
本書『ぼくはいかにしてキリスト教徒になったか』(原題HOW I BECAME A
CHRISTIAN:Out of My Diary)は、明治大正期の日本を代表するキリスト教思想家、内村鑑三が、日記を基に綴った若き日の自伝である。武士の家に生まれ、厳格な儒教教育を受けた内村が、札幌農学校時代にキリスト教に改宗し、その後アメリカに渡って知的障害児施設の看護人として働き、アマースト大学で信仰を深め、ハートフォード神学校で学んだのち帰国するまでが記されている。
【引用終わり】
⚫︎武士階級に生まれ、「生まれてきたのは戦うため」と教えられて育つ。父は武芸に長けた儒学者で、中国の賢者たちの倫理を吹き込まれた。
⚫︎外国人居留地の礼拝所に友人に誘われて参加。好奇心から毎週日曜日に礼拝所に通うようになる。5年後に信仰を受け入れるように提案されるが、国への反逆者、国への信仰に背くことを恐れて、入信を拒否する。
⚫︎札幌農学校時代に、学内の強硬な圧力に耐えられず入信の誓約書に署名する。一つの神を信仰することで、八百万の神への信仰から精神的に解放される。
⚫︎札幌農学校を卒業し、東京の実家へ帰る。家族、親戚、友人に伝道を始める。父に始まり、家族が入信。
⚫︎アメリカに渡り、キリスト教国にもスリがいること、人種に対する偏見に驚く。
など。。。
「いかにしてキリスト教徒になったか」がテーマなので、内村鑑三氏がキリスト教徒になるまでの過程、キリスト教徒になってからの過程が書かれてあります。
僕としては「なぜキリスト教徒になったか」を知りたかったのですが、それはあまり書かれていません。
信仰心は論理的に生まれるものではなく、感情の一つだと思います。内村鑑三氏の生い立ちや、生死に関する価値観、運命や人生に対する考え方に、キリスト教の教えがカチッとハマった瞬間があったのではと思います。
ブログには何度も書いていますが、僕は深く悩んでいた中学、高校時代に、その悩みの答えとしてプロテスタントに入信しました。
死への恐怖や、理不尽としか思えないこの世の出来事に対して、キリスト教の教えが当時の僕にはカチッとハマったのだと思います。
しかし、クリスチャンのおばちゃん達が「ヒソヒソ話で他の信者さんの悪口を言っていたこと」、先輩の女性信者が「僕に性的なちょっかいをかけてきたこと」など、聖者のように思っていた先輩クリスチャンが「普通の人間」だったと感じる体験が多々あり、それがキリスト教から離れるキッカケになりました。
大学に入って、さまざまな新興宗教から勧誘のお誘いがありましたが、キリスト教の信仰が冷めた僕には、それぞれの宗教の教義への興味はあったものの、信仰心が湧くことは全くありませんでした。
現在の僕は、なんとなくの宗教観を持っています。多分、死後の世界も霊魂も、創造主も神仏も存在すると感じています(信じているというよりも、感じているかな)。
この世には科学では解明出来ない世界があると感じています。
しかし、既存の宗教を考えを信じる気にはあまりなれませんね。
また、無理矢理、現代科学との整合性を保っているように思える(失礼)、スピリチュアルな考えも、信じる気にはなれません。
所詮、「人が考えたものでしょ」と思うので、、、、
「ぼくはいかにしてキリスト教徒になったか」内村鑑三(光文社古典新訳文庫)
【7月14日読了】
【オススメ度★★★★】