ども、名人です。
今日の東京の空は、雲も多いですが、青空も見えています。
気温は、昨日よりも5〜6度低くなるそうなので、過ごしやすい1日になりそうですね。
さて、タイトルにもある様に、今から30年前の今日は、テレビ東京で「高橋名人の面白ランド」が、放送を開始した日になります。
面白ランドは、私が出演していた「おはようスタジオ」が6月に終わった事で、新たに動き始めた企画番組でした。
アシスタントは、その頃、フジテレビで放送していた深夜番組「オールナイトフジ」で「おあずけシスターズ」として活躍していた井上明子さんでした。
その頃流行りの女子大生という事で、私も最初は戸惑い気味だったんですが、2回目からは、普通な感じになれたので、仲良くなるのは早かったですね。
この番組は、基本的にはハドソンの提供でした。
先ほど書いた様に、おはようスタジオが終わってしまった後、どうやってゲームを紹介していくかという事で、それならば番組を作ってしまえという事で企画が始まりました。
ただ、年に5本しか発売しないファミコンゲームで、毎週毎週、30分の番組で紹介する様なネタは、絶対にありません。
なので、その当時に行っていた、「ゲームは一日1時間」という事と、「ゲーム以外も楽しもう。」という事もあって、基本的には8割を他の遊びの紹介にして、約5分程度をゲームの紹介にあてる事にしました。
番組で思い出になっている事はたくさんありますが、スタッフ全員を裏切った形になってしまったのは、まさに30年前の今日に放送された、第1回目の収録でした。
第1回目の収録場所は、今は無くなってしまった、青山大学前にあって、毛利名人との対決シーンを撮影した、青山こどもの城でした。
台本もあって、井上明子さんもしっかりと覚えてきていたんですが、私が覚えていません。
というか、こういうバラエティ番組は、流れが分かれば、基本的にフリーだと思っていた、当時の私に、台本を読めというのが無理だったんです。
本当に、今の私からすると、昔の私に言ってやりたいくらいです。
当然、台本をきっちり覚えてきていた井上明子さんは、2回目の収録からは、覚える事はなくなりました…。(汗
当時のスタッフの方々、そして何よりも構成作家の川島浩司さん。本当に申し訳御座いませんでした。
まぁ、とにかくいろんな事を経験させてもらった番組です。
中でも、ライブなどで時折話している、ポケットバイクと後楽園のウルトラツイスターというジェットコースターの組み合わせが最高レベルになります。
日程としては、3日間に分かれるのですが
初日に、ポケバイの収録がありました。
ポケバイは、小さいのでエンジン出力もそんなにありません。故に体重の軽い小学生に勝つ事は絶対に無理なんですが、それでもなんとかしたくて、コーナリングに突っ込む速度を少しずつ上げていったのです。
当然の様に、最終的にはオーバースピードになってしまって、コーナー途中で転倒してしまい、外側の芝生に首から突っ込んでしまいました。
軽い鞭打ち症の様になってしまいましたが、すぐに治るだろうと思い、病院にはいきませんでした。が、それが、さらなる悲劇につながっていくのです。
2日目は、単行本の「高橋名人物語」のグラビア撮影でした。
皆さんも見たことがあると思いますが、私が孫悟空の格好をしているシーンです。
ポケバイの転倒からの翌日、起きてみると、首が痛くて動かす事が出来ませんでした。
でも、痛いのは寝癖レベルだと思い込んで出社し、そのまま撮影に入ったのです。
しかし、写真は正面から撮影されるだけではありません。孫悟空ですので、如意棒を抱えた横からの場面も欲しくなっていきます。
首が痛くて、横を向くだけでも大変でしたが、スタッフさんには待っていてもらって、痛いながらも少しずつ首を横に曲げていき、曲げ終わったところで撮影するということを繰り返したのです。
当然ですが、その日は、その撮影の後は、2〜3件の取材があるだけだったので、それが終わった後は、毎日の様に行っていたコロコロ編集部には行かずに、自宅に戻って休む事にしました。
そして3日目は、後楽園に新しいジェットコースターが出来るという事で、一般公開される前に取材をさせて頂く事になっていたのです。
そのジェットコースターは、今は無くなっている様ですが、「ウルトラツイスター」と言いました。
まずは、ほぼ直角に登っていき、登りきったところで、直角に近い角度で急降下し、その後は、右か左の真横に一回転します。
その後停止して、それからは後ろ向きに行く時とは逆に2回転くらいして終了となります。
登って行ったり、降りる時には後ろの枕部分に頭を付けていればなんとかなりましたが、横回転の時には、痛くて痛くて…。
痛いので当然顔もこばわってしまうのですが、それでディレクターから怒られてしまいます。
「笑顔が足りない」と…。
都合、このウルトラツイスターには、4〜5回乗る事になりました。
しかし、注意看板には、身長が低い人の他に、首に障害のある人という項目もあったんですよね。
私がポケバイの事故で、首に障害がある事は、スタッフ全員が分かっていたと思うんですが、希望する映像が撮れないと、首の障害は関係無い様です。
よく言われる事で、溺れているシーンが欲しい時、溺れている演技よりも、本当に溺れて欲しいというのがありましたが、まさにそれと同じことが、ウルトラツイスターで起きたんだと私は思います。
なので、スタッフさんを責めるつもりは全くありません。
その後も、ゲーム大会などがありましたが、無理に横を向く必要も無かったので、2週間ほどで痛みは抜けていきました。
その当時、携帯などは通話だけの機能でしたから、簡単に写真を撮るという事はありませんでした。なので、井上明子さんとの2ショットなどは、あまり無いのですが、私が持っているのを紹介させていただきますね。
この写真は、面白ランドでグアムロケをした時の様子です。
この放送回の冒頭で、私が日本からカヌーを漕いでグアムに上陸した事になっているんですが、その時の格好が、冒険島の格好だったのです。
そして、それは、皆さんの前に初めて冒険島の格好で登場した最初だったと思います。
その時の写真も、どこかにあったと思うんですが…
まぁ、見つかったら、また紹介しますね。
では、今日も一日楽しみましょう!