桜の冬、蓮の傷 | ひとくち伝言

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百観音明治寺の寺報、ひとくち伝言をお届けいたします

 今年の桜はだいぶ威勢の良い咲き方でしたね。少し勢いがありすぎて、桜の花に追い付かなかった「桜まつり」が全国にどれだけあったことか。一つ二つとほころんでいく桜の花を目にすると、ようやく春が来たかと心和むものですが、桜のイベントに関わる方々はきっと戦々恐々としながら見ていたことでしょう。これほど開花が早かった理由が、「冬がとても寒かったから」というのも不思議な話です。

 桜の花の元になる花芽は、実はまだ暑い夏のうちに作られていて、ある程度育ったところで休眠してしまうのだそうです。やがて秋が過ぎて葉は全て落ち、まるで枯れ木のような姿になっても、その中で花芽は眠り続けます。そして、その冬の厳しい寒さを経験することでパッと目が覚める。休眠が打破され、開花の準備が始まるのです。暖かく安定した環境ではなかなか目が覚めず、春が来ても満開にならないこともあるのだとか。日本の象徴たる桜は、気温や環境を大きく変化させる四季によって育まれているのかも知れません。
 そういえば仏教の象徴である蓮も、そのままではなかなか芽を出すことができません。時に数百年もの時を超えるほど殻が固く安定している蓮の種は、その固さのためにうまく水を吸収できないのです。そのため、種から発芽させる時は殻を削ってやらなければいけないのですが、これがなかなかに面倒です。なにせ、ハサミも歯が立たないほど固い。頑なに身を守るその強固な殻が傷ついた時、外界の栄養を取り込む余地が生まれ、芽生えが起こるというわけです。厳しい寒さが無ければ咲けない桜。傷つかなければ芽吹けない蓮。どちらも実に示唆的というか、大切なことを教えてくれているようです。

 如何ともし難い厳しい状況の中で、傷つきながらも自身の可能性を大きく開花させる人がいます。天災や、環境や、社会の変化や、病気や、事件や、死別や、挫折などを因として。その因となった出来事を、「あって良かった」などと肯定することはそうそうできませんが、苦難の中で努力を結実させる姿はとても頼もしく、なんだか救われる気がします。その人の中に春を感じるからでしょうか。
 はっきりと目に見えるのは咲いた花ばかりですが、目には見えなくとも、きっとあちらこちらに、春が育っています。