串焼きホルモンが自慢 東岡崎 居酒屋明月の社長ブログ

東岡崎の片隅から、愛と勇気と、それと、居酒屋文化と、『ホルモン愛』を発信中!


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皆さん、こんにちは!

『東岡崎 居酒屋明月』の藤原です!





今日はこんなお話から。



*+☆+*――*+☆+*――*+☆+*



ジョン・マックマスターは高校時代、

バスケットボールのヒーローでした。

高校三年間をとおしてリーグの代表選手であり、

全米代表選手にも選ばれました。

最終シーズンには、リーグの最優秀選手に選ばれました。

ジョンのおかあさんは、必ず息子の試合を見に来ました。

たとえどんなに遠い所でも、どんなに天気が悪くても、必ずやってきたのです。

いつも野外席でジョンを応援していました。

ジョンのおかあさんは、全盲だったのです。

なぜ、おかあさんは試合を見に来たのでしょうか。

おかあさんには、ジョンの姿は見えませんでした。

けれども、ジョンにはおかあさんの姿が見えたのです。

ジョンは、どれほどおかあさんの姿に励まされたことでしょう。

~~~

出典

[明日、きっといいことがある]

ダン クラーク 著

講談社より





*+☆+*――*+☆+*――*+☆+*



何だかこの話を読んでたらグッときちゃいました。



『姿』という字には「女」という文字が入っています。



姿という文字を見ているだけで、感慨に耽ってしまいます。



僕の両親は僕が7歳の時に離婚して、我々兄弟は親父に育てられました。



親父が特に母を悪く言うことはありませんでしたが、僕の心の中では捨てられた思いでした。



見捨てられた子。

愛のない子。

本当は存在しないはずの子。



思春期の頃はそんな想いに悩まされ、恋愛をしてもどこ何抜け落ちたものをわざわざ探すような感じでいました。



18歳の頃、姉から母に合わないかと打診されました。



僕は答えませんでした。

その代わり、母へ手紙を書きました。怒りの手紙です。

自分を捨てたことや怒りを思うままにぶつけた手紙。

その恨み節は母の出身地についてまでに及んでいました。



後日返事が来ました。

母からの謝罪の手紙でした。

穴が開くほど読み返し、愛おしく抱きしめたい気持ちとは裏腹に、結局破って捨てました。



20歳の時、自分から母に連絡を取りました。

僕が母に会おうと思ったのは、情けないことに抱えてしまった金銭トラブルを押し付けるためでした。



母には目に涙を湛えながら、助けてあげたいけど今はお金がないのだと誤り通されました。



僕は母をさらに幻滅し、ふてくされて、母が見栄を張ったであろう寿司屋のカウンターで一緒に食事をしました。



母は僕が18の時に送った例の手紙を出し、さらに謝罪しました。

そしてこれまでのことについて話し始めました。

でもその話は母のことというより、僕のことばかりでした。

驚いたことに、母はこれまでの僕のことを驚くほど詳細に知っていました。



母の実家は高知県です。

でも離婚後母は呼び寄せる身内の声には耳を貸さず、いつでも子どもたちに会いに行ける愛知県に留まることに決めたそうです。

そればかりか、遠くから子供たちの様子を見ていたとのことでした。

もちろん、僕がアルバイトをしたお店のことも、働きぶりも遠くから見ていたと話しだしました。





僕はトラブルを母に押し付けようとした自分が恥ずかしくなりました。

意味もなく恨み、自分だけを必死に慰めていました。

でもおかしなことに、その怒りとは裏腹に、僕は遠くから僕を見守る母親をいつもずっと夢想してきていました。



事実、母は僕を見守っていてくれたのでした。



「姿」という文字を見るにつけ、僕は母の姿を想います。

もしかしたら、僕は母の、僕を見守る視線を感じていたのかもしれない。



本当は捨てられてもいないし、愛がないわけでも、存在してはいけなかったわけでもない。





今も一年に一回だけ、母親に会いに行く。

いまだにどう接してよいのやら、かなり他人行儀ではあるが、娘も連れて会いに行く。

なぜか毎回寿司屋に行って僕がご馳走する。

回転寿司だけど。(笑)



「姿」という字には女という文字が入っている。

母親のような心で、あらゆる姿をとらえなくては、また自分自身の姿にもそのような心を持たなくてはと、ここのところ自分自身に言い聞かせている。





続きはこちらから!
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 皆さん、こんいちは!
 『東岡崎 居酒屋明月』の藤原です!


 今日はネットで見つけたこんなお話から。


゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚


『ピンク色のカマボコ』



私が小学1年生の時に事故で両親が死に、それ以来おじいちゃんと2人で暮らしていた。

おじいちゃんは料理などできなかったけれど、私のために毎日質素ながらご飯を作ってくれた。

ご飯と納豆、とかご飯と缶詰め、とか。



そして食卓にはいつもカマボコが2~3切れ置いてあった。

カマボコは必ず毎日食卓にあった。私はカマボコがおじいちゃんの好物だと思っていた。

中学生になり、私が食事の用意をするようになっても、必ずカマボコを2~3切れ食卓に出し続け
た。

4年前、おじいちゃんが亡くなった時、霊前にカマボコを供えた。

おじいちゃんの好物だと思っていたから。

叔母さん(父の姉、おじいちゃんの長女)に「おじいちゃんカマボコ大好きだったから…」

と言うと「違うんだよ」と言われた。

「違うんだよ。あの人は子供が喜ぶ料理なんてつくれないから困ってたんだよ。」

「カマボコはピンク色だから、女の子が喜ぶと思っていつもカマボコを用意してたんだよ。」



その他にも、両親が死んで叔母さんが私をひきとると申し出た時

おじいちゃんが「俺が育てる」と言って私を離さなかった事などを聞いた。



おじいちゃんはいつもしかめっ面で寡黙でちょっとこわい人だった。

でも両親がいなくなった私に寂しい思いをさせないように一生懸命だった。

参観日に死んだお父さんの服を着て来てくれたこともあった。(サイズ合ってない)

ハンバーグが食べたいと言ったときに挽き肉を丸めて焼いただけのものが出てきたこともあった。

口にも態度にも出さなかったけど、おじいちゃんはすごく一生懸命に私を育ててくれた。







ピンク色のカマボコを見るとおじいちゃんを思って切なくなる。

もちろん今でもお仏壇にお供えする品には、必ずカマボコをそえています。



゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚



 グッときちゃいますよね。


 武骨で生真面目なおじいちゃんが温かくて、可愛いですよね。


 食べ物っていうのは、色々な思いを繋げるものです。

 代表的なのは、我が家のカレーですかね?


 うちは当時でもかなり珍しい父子家庭だったので、料理では美味しい思い出よりもおいしくなかった思い出の方が多いかも。

 親父が茶碗蒸しが作りたくて、豆腐を崩して蒸したとか、

 庭のドクダミを天ぷらにして皆がおなか壊したりとか、

 何にでも隠し味で蜂蜜を入れるとか、、、、

 そんなおいしくない思い出も、必ずそこに笑顔があった。


 次の日の朝ごはんのひとつにと、毎晩ヨーグルトかゼリーを買ってくる。

 一日でも食べないとどんどん増えてくる。

 何せ兄弟が三人なので、誰か食べないと増えてしまう。


 僕の親父もまた不器用な人だった。

 でも子供を想うことにかけては、家族を想うことにかけては人一倍強い想いのある人だった。

 自身が早くに両親を亡くしたり、里子に出された経験があるからだ。


 そんな親父の作る食卓が今にして思えば、愛しく思う。

 おかげさまで、ヨーグルトも大好きだ。



 ってなわけで、本日は花の金曜日!

 張り切っているしだいですよ!
(o^-')b
イェイ!

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 皆さん、こんにちは!

 『東岡崎 明月』の藤原です!



 さて、皆さんはご兄弟と仲は良いですか?


 ちなみに僕は、弟とチョー仲良しです!

ヽ(*・ω・)人(・ω・*)ノ



 たぶん僕がかなり素敵な兄なんでしょうね。


 慕われているんです。確実に。


 神奈川と愛知で離れて暮らしてはいますが、よく一緒に酒を飲みます。


 家内同士も仲良しさんです。



 そんなチョー仲良しな弟と酒を飲みながら、今でもよくする昔話。




 僕は小学五年生。弟は小学一年生。



 昭和中後期を岡崎で過ごされた方にはおなじみの玩具屋さん。


 シビコ1Fの『ダックス』。



 そこで僕は見つけてしまうわけです。


 不思議な縫い目の入ったスポンジ・ボール。


 その名も『変化球王』!



 これ凄いんです。


 縫い目を工夫すると、さまざまな変化球が自由自在!


 即購入!



 早速家に帰り、弟の前で披露。


 カーブ投げ。シュート投げ。フォークボールもお手の物。


 弟は目をキラキラと輝かせます。


 僕は簡単にはボールを弟に貸しません。


 壁に向かってドンドン変化球を投げ続けます。


 そろそろかな?


 というのは、僕が飽きはじめ、弟が猛烈に欲しくなるタイミング。


 「これ売ってあげるよ。本当は3千円だけど、僕遊んじゃったから2千円」



 弟は節約家で、お金はちゃんと貯金しています。


 でも野球大好き。


 僕は弟にボールを握らせて、投げてみるように促す。


 ボールはみごと変化をつけ、壁にぶつかる。


 僕はボールを拾い上げ、要らないなら別に良いよとまた壁に向かって楽しげに投げる。



 二千円を握り締めた弟は嬉しそうに僕からボールを受け取る。



( ´艸`)ぷぷぷ!



 で後日、弟は『ダックス』で発見してしまうわけです。


 『変化球王・300円』





 今でも怒っています。


 ほろ苦い、少年時代のエピソードです。



 ごめんね。


 お兄ちゃんは悪気だらけだったんだ。


 あの当時、お兄ちゃんは毎月のお小遣いが1週間で消えてしまうという難病を抱えていたんだよ。


 君から頂いた無垢な2千円はビックリマンチョコに変わったよ。


 貨幣経済って凄いね。


 ものがどんどん形や価値を変えていくんだ。


 需要と供給ってあるだろ?


 僕たちは経済って云う荒波にもまれながら、何を握り締めているんだろうね。


 あの変化球王は、まだ僕達の心の中で、あるいは環境の中で、今だ変化し続けているんだ。


 ありがとう。


 お兄ちゃんは愛知の片隅で、今日も君との酒席を待ってるよ!


 

 <完>




 ってなわけで、本日華の金曜日!

 張り切って営業です!

(o^-')b

イェイ!


 今でもチョー仲良しだよね~♪

ヽ(*・ω・)人(・ω・*)ノ

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