いじめのこと | オトコとオンナの話し

オトコとオンナの話し

出逢った変な人達や自分の周りで起きてることなど
最近は恋バナ(笑)

忘れてるようで

いじめの事件のニュースを見ると

ふっと思いだされる子供時代のいじめのこと。

 

遠い昔の事で

それが今の自分の原動力になってるのだと

思い込むように心の中に仕舞っていた。

 

私の小学生の時代には

離婚する家庭も少なくて

田舎の母の実家に預けられていた時も

両親が傍にいない家庭は

私意外にはいなかった。

 

いじめられても助けてくれる人もいなくて、

あまりにも酷い仕打ちを受けた時には

祖母が学校でいじめっこ達に話しに来てくれたが、

祖母の話で余計にからかわれるだけだった。

先生に話しても

先生すら、あからさまに贔屓がまかりとおる時代だったから

いじめも見て見ぬふりだった。

 

いわゆる男子が気になる女子にちょっかいを出すというレベルのものではなく

背中を思い切りグーで殴られて息が出来なくなったり

触ると汚いと言うようなゼスチャーで傷つける

あからさまなのもあったりで

 

もともと家庭環境にコンプレックスのあった私は

よけいに人と接するのが苦手となっていった。

 

家に帰っても祖父母も仕事で留守だったし、

居たとしても祖父母の喧嘩が耐えない毎日だったので

それはそれで子供心にも地獄のようだった。

酒を飲むと暴れ包丁を持って祖母を追い掛け回す祖父が本当に恐かった。

 

母は離れたところで暮らしていて

養育費を仕送りはしていたようだが

年に何度かしか会えず

まだ母親の恋しい年頃だったので

たまに逢えば母への想いが募り、

寂しさで泣いてばかりいるので

祖父母にはそれもまた面倒だったようだ。

 

でも、後になって(高校から母と暮らしはじめたが)

この母親と一緒に暮らさなくて良かったと

祖父母のほうが、まだ増しだったと思い知る事になる。

この母との確執は深く長いので今日はいじめの話に戻る。

 

何故、あんなにいじめられたのかのきっかけは思い出せない。

周りと違う生活環境のせいなのか?

自分が何かやらかしていたのか?

今の時代だから「いじめ」として取り上げられるが

そのころは、そんな具体的な言葉もなかったような気がする。

 

弱い者がやられる。

何かのはけ口にされる。

女子からは特別に何もされなかったが

何もされないと言うだけで

 

当たり障りのない必要最小限な関わりだった記憶しかない。

友達もできたが、

家に遊びに来ると

祖父が「あんな友達しかいないのか」と

やっと出来た友達を

ことごとく貶されて

全てを否定されるしかなかったので

友達と逢うのもこそこそ隠れて逢うしかなかった。

 

母親に押し付けられて孫だから面倒をみているけど

やっかいもの的な発言は普通だった。

出かける時に連れて行かれる場所はパチンコ屋かマージャン屋

小学生の私は一人で祖父の遊びが終わるのを待つのだ。

 

なんで産まれてきたのだろうか・・・?

小学生の頃からの疑問だった。

神棚に「明日は目が覚めませんように」と神様に願いを書いて置いていた。

その手紙も見つかって怒られる事になるのだが・・。

 

学校でのいじめと同じくらい

家での時間も辛かった。

 

優しくしてもらった祖母との

楽しい時間もあったはずなのに、

病気がちだった私の面倒も仕事しながら育ててくれた祖母には

沢山の感謝もしてるはずなのに

 

夢に出て来る私は

痩せっぽっちで泣いている。

 

誰のせいにしても同じことだけど、

普通にいれるってすごい事だと思う。

後で聞いた話だが

いじめた男の子達の一人は中学を出て交通事故で死んだらしい。

 

ほんとに偶然だけど、

今まで私に酷い事をしたよね。って思う相手は

みんな、なにかしら不幸になっていて

それは、そういう生き方をしてきた結果なだけだろうけど

 

「やっぱりね」と思ってしまう。

世の中のいじめている(それを楽しんでいる人間が)やっぱりね。

な、時が来ると信じている。

もう、そんな事を思うような年齢でもないのだけど

幾つになっても、やられた側は忘れないのは本当だ!