■堕落蝉■ 其の六【白と青】1-4
あの日、突然リクの家を飛び出したので、
国家試験のテキストを何冊か置きっぱなしにしていた。
「里未ちゃん。」
チャイムを鳴らすとリクが温かく出迎えてくれた。
前よりも伸びた焦げ茶色の髪。変わらない茶色い綺麗な瞳。
ギンガムチェックの長袖の羽織物がよく似合っている。
視界に映っていた扇風機がコタツに代わっていた。
もうすっかり冬。
あの頃、あんなに蝉が鳴いていたのが懐かしい。
彼はショップのお洒落な紙袋にテキストを入れてくれていた。
「ありがとう。」
胸の奥がヒリヒリする。
リクは、ぼーっと立っているあたしに珈琲を入れてくれた。
あたしはまだ慣れてない冬バージョンに代わったテーブルに座った。
そして、少し膝をコタツに入れた。マグカップの湯気が珈琲の香りを運ぶ。
「告白、うまくいった?」
あたしは思い切って彼に訊いた。
「うん。俺、旦那と広島に戻ってやり直すことにしたんよ。」
あたしの気持ちを考えてくれたのか、リクは控えめに答えた。
―相手の男性のこと、旦那って呼ぶんや…
彼が男性と付き合っていることを改めて感じた。
国家試験の日まで二週間を切っていた。
勉強をしてなさすぎて焦る。
―あんな質問しなければ良かった。
あたしは国家試験まで、リクのことはなるべく忘れるようにした。
平日は学校の補講に行き、夜は夜中まで勉強した。
第十五回歯科衛生士試験、当日。
試験は午前と午後、一日中行われる。
過去の問題より難しくて焦ったが、一問一問ゆっくり考えて解いた。
家に帰って、教本をひたすら開いて答え合わせした。
―落ちたかも‥
だんだん不安になっていく。
朝、インターネットで業者の模擬解答を見たら合格点とれていた。
後から学校の同じ班の人に聞いたら、きのうから速報で解答発表されていたらしい。
―良かった!合格していた。
あたしはほっとした。
其の七【手紙】1-2
に続く。
堕落蝉~ダラクゼミ~
絵・文 mei
(日本文学館大賞小説部門推薦優秀作品受賞)

其の一【絵】