今回は私が大切にしている
「話すこと」について
お話します。
私はこれまで、たくさんの方の
お話を聞いてきました。
その中で感じたのは、
相手を思いやれる人ほど、
自分の気持ちを後回しにしてしまっている
ということです。
「相手を傷つけたくないから。」
「迷惑をかけたくないから。」
「我慢した方がうまくいくから。」
そうして、
自分よりも相手を優先しているうちに、
気づけば心の中にたくさんの思いを
抱え込んでしまっています。
本当は苦しかったり、
悲しかったり、
つらかったりしても、
「これくらい大丈夫」と
飲み込んでしまっています。
優しい人ほど、
心も身体も知らないうちに
力が入り続けてしまうのかもしれません。
私は、話した後に、
なんだか少し
気持ちが軽くなることがあります。
問題が解決したわけではない。
状況が変わったわけでもない。
それなのに、
不思議と呼吸がラクになったり、
肩の力が抜けて、気分が軽くなるんです。
その時に気づいたのは、
話した思いを聞いてもらえたということ以上に
「自分の気持ちって話してもいいんだ。」
「自分のことを考えてもいいんだ。」
って、思っていたことでした。
誰かのことを優先するのではなく、
自分の心に耳を傾けてもいい。
抱えているものを外へ出してもいい。
そんなふうに、
自分自身に許可を出せていたということでした。
この体験から、
「話す」ということを
とても大切にするようになりました。
そして最近は、
「話す」は「放す」でもあるのではないかと
思っています。
心の中でぎゅっと握りしめていたものを、
少しだけ外へ放してみる。
誰かに預けてみる。
すると心に少し余白が生まれます。
その余白は、
呼吸を深くし、身体をゆるめ、
心と身体の巡りを少しずつ良くしてくれる。
私は、そんなふうに感じています。
上手く説明できないのですが、
例えば…
野球は一人ではできません。
でも、壁があれば、
試合は無理でも、できることはあります。
それも、野球です。
人生も同じように思います。
一人ではできないことは、
誰かや何かを頼ればいい。
本来の形でできなくても
別の方法をみつけることで、
できることはたくさんあるから。
私は、あなたにとっての”壁”になります。
安心して話し(放し)に来てくださいね。
話がまとまっていなくてもいい。
泣いてしまってもいい。
笑って終わる日があってもいいし、
笑って終われない日があってもいい。
その日のあなたを、そのまま、
連れてきてください。
誰かのためではなく、
自分の気持ちを大切にして。
まずは、ありのままの自分の思いに
気づいてあげましょ。
『心と身体が整うと、
人はもう一度、自分らしく笑える。』
心に溜まったものを放して、
少しずつ自分に還ろう…