主日礼拝メッセージ 「何があっても、キリストの愛から離れない」 ――苦難を越えて、圧倒的な勝利者 | 休眠から復帰した牧師のブログ

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さんざん放浪して挙句に妻の母教会で「様子見」となっている牧師のブログです。

聖書:ローマ人への手紙 8章35~39節(新改訳2017)


愛する聖徒の皆さん

今日、私たちに与えられている御言葉は、ローマ人への手紙8章35節から39節です。

 

この箇所には、クリスチャンの人生にとって、とても大切な真理が語られています。

 

それは、

 

「どんなことがあっても、イエス・キリストの愛から私たちを引き離すことはできない」

 

ということです。

 

愛する皆さん。

 

人生には、いろいろなことがあります。

 

嬉しい日もあります。

 

順調な日もあります。

 

祈ったことが次々にかなうように感じる日もあります。

 

しかし、反対に、

 

「なぜ、こんなことが起こるのですか」

 

と思う日もあります。

 

祈っているのに、問題がなくならない。

 

信じているのに、道が開かれない。

 

一生懸命やっているのに、思うようにいかない。

 

病気。

 

経済的な問題。

 

家庭の問題。

 

人間関係。

 

仕事の問題。

 

将来への不安。

 

そして、

 

「神様は、本当に私と一緒にいてくださるのだろうか」

 

と思ってしまうことがあります。

 

しかし今日、神様は私たちに、

 

はっきりと語ってくださいます。

 

「あなたがどんな状況に置かれても、わたしの愛から離れることはない」

 

と。


1.パウロも苦しみを経験した

愛する聖徒の皆さん。

この言葉を書いたのは、パウロです。

パウロは、何も苦労を知らない人ではありません。

彼は福音を伝えるために、

迫害を受けました。

苦しみました。

危険な目にも遭いました。

それでも、イエス・キリストを伝え続けました。

普通なら、

「もう十分です」

と言ってもおかしくありません。

「なぜ私ばかりこんな目に遭うのですか」

と神様に訴えても不思議ではありません。

しかしパウロは、

苦難の中で信仰を失うのではなく、

むしろ、

キリストの愛を、さらに深く知っていったのです。

だから35節で、

「だれが、キリストの愛から私たちを引き離すことができるでしょう」

と語るのです。

これは、苦しみを知らない人の言葉ではありません。

苦しみを通った人の信仰告白です。


2.「艱難か。苦しみか。」

パウロはこう問いかけます。

「艱難か。苦しみか。迫害か。飢えか。裸か。危険か。剣か。」

これは、

「苦しいことなんてありません」

という信仰ではありません。

むしろ逆です。

「苦しいことは確かにあります。しかし、それでもキリストの愛は変わらない」

という信仰です。

愛する皆さん。

私たちも同じです。

クリスチャンになったから、

問題が一つも起こらなくなるわけではありません。

祈ったから、

人生に困難がなくなるわけでもありません。

しかし、

問題があることと、神様に見捨てられたことは、同じではありません。

ここをしっかり覚えてください。

病気になったから、

神様があなたを捨てたのではありません。

経済的に苦しいから、

神様の愛がなくなったのではありません。

祈りの答えがまだ見えないから、

神様があなたを忘れたのではありません。


3.見えないときにも、神様は働いておられる

愛する聖徒の皆さん。

私たちには、

「見えるもの」と「見えないもの」があります。

私たちが見ているのは、

今日の問題です。

しかし神様は、

あなたの明日をご覧になっています。

私たちは、

今の涙を見ています。

しかし神様は、

その涙の向こうにある勝利をご覧になっています。

私たちは、

閉じているドアを見ています。

しかし神様は、

まだ見えていない別の道をご存じです。

だから、

見えないからといって、神様が働いていないと思わないでください。

神様は、

見えないところで働いておられます。


4.「屠られる羊のように」

36節には、

詩篇44篇から引用された言葉があります。

「あなたのために、私たちは一日中、死にさらされ、屠られる羊と見なされています。」

非常に厳しい言葉です。

しかし、ここで大切なのは、

「屠られる羊」という状況そのものではありません。

パウロが伝えたいのは、

「どれほど厳しい状況に置かれても、神様の愛は私たちから離れない」

ということです。

そしてパウロは、

さらに素晴らしい信仰告白をします。


5.「しかし、これらすべてのことにおいて」

37節です。

新改訳2017では、

「しかし、これらすべてのことにおいて、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、圧倒的な勝利者です。」

と語られています。

愛する皆さん。

ここが今日のメッセージの中心です。

パウロは、

「苦しみがなくなるから勝利者です」

とは言っていません。

「これらすべてのことにおいて」

勝利者なのです。

問題の外に出てから勝利するのではありません。

問題のただ中で、

キリストによって勝利するのです。


6.「圧倒的な勝利者」

「圧倒的な勝利者」という言葉は、

本当に素晴らしい言葉です。

少し勝つ。

何とか勝つ。

ぎりぎり勝つ。

そういう勝利ではありません。

神様の愛によって、圧倒的に勝つ。

これが私たちの信仰です。

愛する皆さん。

今、あなたが苦しんでいるとしても、

あなたの人生の最後の言葉は、

「私は負けました」

ではありません。

キリストにあるあなたの最後の言葉は、

「私は勝利しました」

です。

なぜですか。

自分が強いからではありません。

「私たちを愛してくださった方によって」

です。


7.私たちの勝利は、イエス様にある

ここが大切です。

私たちの勝利の根拠は、

自分自身ではありません。

「私は強いから大丈夫」

ではありません。

「私は何でも乗り越えられる」

でもありません。

私たちは弱いのです。

疲れることもあります。

泣くこともあります。

心が折れそうになることもあります。

しかし、

イエス様が私たちを愛してくださっています。

だから大丈夫なのです。

愛する皆さん。

あなたの信仰生活を支えているのは、

あなたの信仰の強さだけではありません。

あなたを離さないイエス様の愛です。


8.イエス様は十字架で私たちの苦しみを背負われた

私たちの主イエス・キリストは、

私たちの苦しみを知らないお方ではありません。

イエス様ご自身が、

苦しみを経験されました。

拒絶されました。

裏切られました。

十字架に向かわれました。

そして、

私たちの罪を背負ってくださいました。

だから、

「主よ、私の苦しみを分かってください」

と祈るとき、

イエス様は、

「分からない」

とは言われません。

イエス様は、

あなたの痛みを知っておられます。

あなたの涙を知っておられます。

あなたの孤独を知っておられます。

あなたが人には言えない悩みも、

神様は知っておられます。


9.十字架は、神の愛の証拠

愛する皆さん。

神様が私たちを愛しているかどうか、

分からなくなるときがあります。

そのとき、

自分の感情を見ないでください。

環境だけを見ないでください。

十字架を見てください。

十字架を見れば、

神様がどれほど私たちを愛しておられるかが分かります。

イエス様は、

私たちが完全になってから愛してくださったのではありません。

私たちが罪人であったときに、

私たちのために命を捨ててくださいました。

だから、

あなたの状況が変わらなくても、

神様の愛は変わりません。


10.祈りがすぐに答えられなくても

愛する聖徒の皆さん。

時々、

「私は祈っています。でも、何も変わりません」

ということがあります。

そのとき、

「祈りが無駄だった」

と思わないでください。

神様は、

あなたの祈りを聞いておられます。

答えがまだ見えていないことと、

神様が聞いていないことは、

同じではありません。

神様には、

神様の時があります。

神様の方法があります。

そして神様は、

あなたにとって最善の道をご存じです。

だから、

祈り続けましょう。

信じ続けましょう。

みことばを握り続けましょう。


11.苦難の中で、信仰は強くなる

愛する皆さん。

金は火の中で純粋にされます。

信仰も、

試練の中で深められることがあります。

苦しいときに祈った祈りは、

あなたの人生の宝になります。

涙を流しながら読んだみことばは、

後になってあなたを支える力になります。

「主よ、助けてください」

と叫んだ夜は、

やがて、

「主は本当に私を助けてくださった」

という証しに変わります。

だから、

今の苦しみだけを見ないでください。

神様がこの苦しみを通して何をなさろうとしているのかを信じましょう。


12.教会にも「勝利の信仰」が必要

愛する聖徒の皆さん。

これは個人だけの話ではありません。

教会にも必要な信仰です。

教会にも、

いろいろな課題があります。

人が少ない時期があるかもしれません。

経済的な課題があるかもしれません。

奉仕する人が足りないこともあるかもしれません。

伝道しても、

なかなか救われる人が起こらないときもあります。

しかし、

そこで、

「もうだめだ」

と言ってはいけません。

「私たちの教会にも、神様の御業が起こる!」

と信じるのです。


13.リバイバルは、困難の中でも信じる教会から始まる

愛する皆さん。

リバイバルとは、

問題が全部なくなってから始まるのではありません。

問題の中で、なお神様を信じる人々が立ち上がるところから始まります。

「主よ、私たちを用いてください。」

「主よ、この地域を救ってください。」

「主よ、この教会に聖霊の火を燃やしてください。」

「主よ、まだイエス様を知らない人々を救ってください。」

そう祈る教会に、

神様が働かれます。


14.何ものも、私たちを引き離すことはできない

そして38節、39節。

パウロは、

「私は確信しています」

と言います。

これは、

「たぶん大丈夫です」

ではありません。

「私は確信しています」

です。

そして、

死も、

命も、

天使も、

支配するものも、

現在のものも、

未来のものも、

どんな被造物も、

私たちを、

神の愛から引き離すことはできない。

これが、

私たちの信仰です。


15.「私は確信しています」

愛する聖徒の皆さん。

今日、

私たちもこの言葉を告白しましょう。

私は確信しています。

私の家庭が、

神様の御手の中にあることを。

私は確信しています。

私の子どもたちを、

神様が愛しておられることを。

私は確信しています。

私の教会を、

神様が導いてくださることを。

私は確信しています。

日本にも、

福音の大きな働きが起こることを。

私は確信しています。

この教会にリバイバルが起こることを。


16.「どんなことがあっても、私は離れない」

愛する皆さん。

私たちが神様を離れないだけではありません。

もっと素晴らしいことがあります。

神様が私たちを離さないのです。

あなたが弱くなっても、

神様はあなたを離しません。

あなたが涙を流しても、

神様はあなたを離しません。

あなたが失敗しても、

神様はあなたを見捨てません。

あなたが、

「もう一度立ち上がることはできない」

と思っても、

神様は、

「わたしがあなたを支える」

と言ってくださいます。


17.あなたの人生は終わっていない

愛する聖徒の皆さん。

もしかすると、

今日ここに、

「私はもうだめだ」

と思っている人がいるかもしれません。

しかし、

神様は、

「あなたの人生は終わっていない」

と言っておられます。

まだ、

神様の計画があります。

まだ、

神様の働きがあります。

まだ、

あなたを通して救われる人がいます。

まだ、

あなたの祈りによって変わる家庭があります。

まだ、

あなたの証しによって励まされる人がいます。

だから、

立ち上がりましょう。

もう一度、

祈りましょう。

もう一度、

信じましょう。

もう一度、

みことばを握りましょう。


結び

「私たちは圧倒的な勝利者です」

愛する聖徒の皆さん。

今日、覚えて帰っていただきたい言葉があります。

「しかし、これらすべてのことにおいて、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、圧倒的な勝利者です。」

私たちは、

苦しみがないから勝利者なのではありません。

問題がないから勝利者なのでもありません。

問題のただ中で、イエス様がともにいてくださるから勝利者なのです。

だから、

恐れないでください。

諦めないでください。

祈ることをやめないでください。

教会を愛することをやめないでください。

伝道することをやめないでください。

聖霊様を求めることをやめないでください。

なぜなら、

キリストの愛から、私たちを引き離すことのできるものは何もないからです。

そして、

そのキリストの愛に満たされた教会には、

必ず、

聖霊様の働きが起こります。

救いが起こります。

いやしが起こります。

家庭が回復します。

祈りが燃え上がります。

伝道の火が燃えます。

そして、

教会のリバイバルが起こります。

愛する聖徒の皆さん。

今日、胸を張って告白しましょう。

「私はキリストの愛から離れない!」

「神様は私を離さない!」

「私は圧倒的な勝利者です!」

「私の家庭にも勝利があります!」

「私の教会にも勝利があります!」

そして、

「この教会に聖霊様によるリバイバルが起こります!」

アーメン!


🙏 結びの祈り

天のお父様。

愛するイエス・キリストの御名によって祈ります。

今日、私たちに、

「何ものもキリストの愛から私たちを引き離すことはできない」

という確かな御言葉を与えてくださったことを感謝します。

主よ。

私たちが苦しみの中にあるときも、

あなたを見上げる信仰を与えてください。

涙の中でも祈る力を与えてください。

答えが見えないときにも、

あなたを信頼する信仰を与えてください。

病の中にある聖徒を支えてください。

家庭の問題で苦しんでいる聖徒を支えてください。

経済的な問題を抱えている聖徒を助けてください。

孤独を感じている聖徒に、

「わたしはあなたとともにいる」

というあなたの臨在を体験させてください。

そして主よ、

私たちの教会を、

聖霊様に満たしてください。

祈りの火を燃やしてください。

伝道の火を燃やしてください。

愛の火を燃やしてください。

一人ひとりを用いてください。

そして、

この教会から、

救いの御業を起こしてください。

リバイバルを起こしてください。

まだイエス様を知らない人々が救われ、

家庭が救われ、

病む人がいやされ、

失望している人に希望が与えられ、

倒れている人が立ち上がり、

聖徒一人ひとりが、

「私はキリストによって勝利者です」

と告白できる教会にしてください。

主よ、

私たちは信じます。

死も、命も、現在のものも、未来のものも、どんな被造物も、私たちをあなたの愛から引き離すことはできません。

だから、

恐れません。

諦めません。

祈り続けます。

信じ続けます。

そして、

あなたとともに前進します。

すべてを、

私たちの救い主、

イエス・キリストの尊い御名によって祈ります。

アーメン。