このブログをたちあげて
記事を書き始めて数日ですが
すこしずつみなさんから
「毎日読んでます☆」
「続きが楽しみです☆」
ってお声をいただけるようになって
わたしがおどろいています。
自分の真実をこうしてお伝えしていることが
どなたかのなにかになっていれば
とてもうれしいです。
ありがとうございます(^^)
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22才
結婚して8か月目で
ちいさな命を宿しました。
当時
お義母さんのお決まりのセリフ
「早く孫の顔が見たい」
何度も聞かされてきました。
でも
あの頃のわたしは
プレッシャーって
ちっとも思っていませんでした。
何より
自分自身がはやく母親になりたかったんです。
22才のわたしは
まわりのなかでも
結婚はいちばん
友達みんなが
わたしのことを話題にしていたし
うらやましく思ってくれていました。
早くあんな風になりたい
ってよく言われていました。
1990年代のあの頃は
今よりも根強かった
「女性は25才までに結婚、30才までに出産することがしあわせな時代」
2019年になり
その考え方はとても古くさくなりました。
「女性はすべてのことを自由に選べることがしあわせな時代」
1990年時代を生きたわたしは
その根強い考え方に翻弄されていたと言えます。
妊婦生活は
6か月頃までつわりもひどく
「毎日が車酔い期間」でした。
炊飯器のごはんが炊ける匂い
冷蔵庫をあけたときの
さまざまな食品の匂い
たばこの匂い
町の排気ガス
「嗅覚敏感期間」を経験ました。
つわりが終わると
「食欲旺盛期間」
なんでもおいしい
あれも食べたいこれも食べたい
食べられなかった期間を挽回するかのように
おなかの赤ちゃんのために
元気な赤ちゃんを産むために
と理由づけて
食欲にまかせていました。
「体重増加厳重注意期間」になり
ひと月の体重増加を指示されてしまいました。
河原までお散歩したり
甘いものをひかえて
食事にきをつけました。
「逆子期間」も経験しました。
毎日のお風呂あがりの逆子体操が
日課になりました。
逆子が治ったら
「絶対安静期間」
1日のほとんどを横になってすごしました。
おなかの赤ちゃんが動いたり
わたしのおなかのなかで
動いたり足をけったりを感じながら
このおなかに
もうひとつの命があって
わたしの食事、行動すべて
そしてわたしの感情で
赤ちゃんも反応のしかたがちがうことも
実感しながら
赤ちゃんとわたしはつながっていることを
じぶんの体でもって経験しました。
いやなニュースも見たくなかったし
いつもしあわせな気持ちですごしたい
そう心がけてきたように思います。
赤ちゃん
わたしの赤ちゃん
元気に生まれてきてね
何度も何度も話しかけました。
毎日たのしくて
毎日おだやかで
とってもやさしい気持ちになれました。
そして
1992年夏
バルセロナオリンピック真っ最中
14才の水泳選手
岩崎恭子選手が自分と世界と闘っている
ちょうどその時
わたしはテレビの前で
ひっきりなしの陣痛と闘っていました。
汗っかきで
鼻の頭の汗もが治らなかった
母親のお宮(子宮)から
参道(産道)を通って
この世に誕生してくれました
3020gの男の子の鼻の頭には
わたしとおんなじ
鼻の頭に汗も付き(笑)
岩崎恭子さんが
「いままで生きてきたなかでいちばんしあわせです♪」
と名言をのこしたその日に
わたしも
今まで生きてきたなかでいちばんしあわせな日となりました。
うまれてきてきれてありがとう☆
こころから思えた日
そして
23才新米母親のすったもんだ育児生活です。
つづく☆
