恵みの日々。 -13ページ目

恵みの日々。

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2019年2月6日

 

今年

やりつづけたいことのひとつ

「月いち映画」

 

レディースDAYの水曜日と決め込んで

きょうは

「メリーポピンズリターンズ」をみました。

 

愛と希望と

スリルと

奇跡と

想像すること

 

すべてのひとに魔法をかけた

すばらしい作品で

いまも余韻にひたっています。

 

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某ファストフード店「Mバーガー」で

主婦マネージャーとして

働かせてもらえている毎日。

 

お仕事と

家事と

育児の両立

 

・・・といっても

わたしの場合は

がんばって両立をしていたというよりも

 

すべてがほどよく

無理せずにできていました。

 

時間を有効に使おうと

考えることができたし

切り替えもうまくできたように思います。

 

息子は

スイミングスクールと

ボーイスカウトに所属していました。

 

ひとりっ子でしたので

自分のことは

自分で決められるようになってほしい

願いがありました。

 

健やかな体をもち

縦のつながりがもてるような環境のなかで

さまざまな年代の人間関係をつくれるようにしてあげたかったのです。

 

息子は

おだやかで素直で

やさしい子に成長してくれました。

 

息子の成長を

心から喜びながら

20代から

30代にはいり

 

33才になったとき

ふと

思い出したのです。

 

あれは23才のとき

息子を出産した病院の一室で

わたしは

ちいさなわが子を胸に抱きながら

しあわせにあふれていました。

 

へその緒でつながっていた息子

 

猿年の息子

 

干支がもうひとまわりして

猿年になったとき

この子は12才になる。

 

小学校を卒業する年で

そのときわたしは35才になっている。

 

35才って

まだ全然想像できないけれど

そのときにわたしは

一生できるなにかをみつけていよう

 

・・・・この子はとっても大切でいとおしいけれど

この子に依存したくない。

自分が輝いていられるものを

一生できることをみつけていよう

 

・・・・母になった直後に

そんなことを思っているわたしは

母親失格なのかもしれません(笑)

 

そして

そのことを思い出した日は

33才でした。

 

あの頃は

何かにならなくちゃって

ずっと焦っていたように思います。

 

自分がきめた期限まで

あと2年でした。

 

なにをしていいのかわからない

いや

なにもしなくてもいいのかもしれない。

 

だけど

じつは

当時そばにいてくれていた「あるひと」から

とても影響をうけていることに

その時は

まだ気づいていませんでした。

 

つづく☆