門学ブログ|門鑑定の舞台裏|仕事・人間関係・・自分の生き方を再設定する華僑の知恵

門学ブログ|門鑑定の舞台裏|仕事・人間関係・・自分の生き方を再設定する華僑の知恵

太田かおりの1100件超の門鑑定に基づく記録。人の性質の違いをわずか5つの「門」によって理解していく門学とは?自分の能力を活かして活躍したい人、社会の役に立ちたい人、人間関係を良好にして平和に暮らしたい人へ。


このブログでは、
人生なるべく充実させたい人のための
仕事観、子育て観、人間関係構築法、不安や悩みの対策、
自分をなんとか好きになること、日常を新鮮にすること、
夢を現実化すること、ときには日記、を書いています。
 
 
ただいま2日に1回の更新にしています
 
 
太田香織です。
 
 
 
 
昨日、
このような動画が紹介されてましてね。
 
 
【タワマンは廃墟化する】東京は「富裕層の植民地」/ヒルズ族が壊した「地域コミュニティ」/「200年住宅」は実現できる/新自由主義と不動産証券化の闇《プリツカー賞建築家・山本理顕》

 

 

 

タワマン廃墟のところじゃなくて

「富裕層の植民地」

という表現に

私は目が行ってしまったわけなんです。

 

 

 

東京の、

東京だけじゃないかもしれませんが

一部の「金がすべて」みたいな雰囲気、

あるじゃないですか。

 

そういうのに飲み込まれたくないなと

思っていますが、

そうか植民地か、

と思った次第です。

 

 

 

幸い、

今のところ地方都市に住み

地方の良いところだけを享受しているような生活で、

直接、植民地の影響をこうむっていることはないのですが、

 

自分が避けてきたものが

言語化されているなと。

 

 

 

 

ここ数十年?の日本は

長期的視点に欠けてる気がするのですよね。

 

短期的によければいい、みたいな。

 

でも

長期的展望って必要です。

 

 

 

 

個人の暮らし、

家族の行く末とか、

 

自分の手の及ぶところから

長期的展望を持つって大事じゃないかな、と思います。

 

その長期的展望もずっと固定じゃなくて、

頻繁に見直すような。

 

時代の変化が速いから。

 

 

 

長男と次男、

6歳離れていますが

たった6年の間に社会は変わってきていて、

進路設計も違った視点が必要だと

感じています。

 

まったく同じ価値観では

選んでいられません。

 

 

 

考えるべきことは2つあって、

 

1つは

人の資質。

これは門学でOK。

 

(門学についてはこちら

 

もう1つが

時代の波。

 

 

 

時代だけを見ると

個人が満たされないし、

 

個人だけを見ると

時代に飲み込まれる可能性が。

 

 

 

ここのバランスをうまく取るのが

門学活用であり、

人生マネジメントの手腕であると

思います。

 

 

 

私たちは私たちのパラダイスを、

 

自分で探し、

自分たちの手で創り、

改良し続けていくのです!

 

 

 

 

 

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太田香織です。
 
 
 
 
この夏上映予定の
映画キングダムの予告…
 
あかん、官門魂が震えますがな

 

 

また何度も観に行くことになりそうですおねがい
 
 
 
 
 
さて
 
 
大学生の頃って香織さん、どんな感じだった?
なんて話をしていて、
 
まだデジカメすらなかった、
フィルムのカメラで撮った、
大学生の頃の写真をいろいろ思い返してみると、
 
 
 
なんか昭和というか(いや平成でしたが)
 
もさっとしてるというか、
ぼーっとしてるというか・・・
 
 
 
 
確かに当時は若くて
今より肌とかずっと綺麗と思うけれど、
なんか今の私とは違う顔なのです。
 
自分がそう感じるだけだろうけど、
違うのです。
 
 
 
そして、過去の写真を見て、
このときの顔は良かったなと思えるものは、
自分が陽官門だとわかってからの顔なのです。
 

(門学についてはこちら

 

 

 

 
 
大学生の頃、いや30代の頃ですら、
自分が何者かよくわかっていませんでした。
 
 
 
自分の解像度が低かったです。
あんな人になりたいと、誰かの真似をし、
こんな人に憧れる!と、また違う努力を始める。
 
 
 
それは自分に合っていることもあったけれど、
今思えば、自分に合わないこともたくさんしていました。
 
 
 
たとえせっかく自分に合っていることをしていても、
そこに確信がなかったので、
迷いのある顔をしていたような気がします。
 
 
 
 
自分の門を知ってから、
どんなことに自信持てばいいのか、よくわかったし、
 
それをやると本当に自分が伸びるので
自信を持って良いこともよくわかったし、
 
そうなってからは
顔つきもはっきりしてきた気がします。
 
迷いのない顔。
 
昔に比べたら、筋が通っている顔です。
 
 
 
自分の門がわかったのは40歳過ぎたくらいの頃です。
ちょうどバイクに乗り始めた頃でもあります。
 
だから、バイクと一緒に撮った写真は
どの写真も本当に大好きで、
私の宝物になっています。
 
それ以前の写真は
全部もう焼いてしまいたいくらい笑
 
 
 
だって「自分」じゃないんですもん。それ。
 
違う私です。
 
 
 
さらにさかのぼってみると、
赤ちゃんの頃の私は、
自分の顔です。
さすがにそれは否定しない。
 
小学校低学年くらいまでの私も、
自分の顔してます。
 
小さい頃、自分という存在は好きではなかったけれど、
私は官門を生きていました。
 
まだ自分が陽官門と知らなくて
初めて陽官門の説明を聞いたとき、
「これは子供の頃の自分だ」
と思ったくらいですから。
 
 
 
その官門が、
周りに受け入れられ溶け込めるような方向に出なかったから、
 
それではダメなのかと
しだいに自分を変えてしまいましたが、
官門らしかった8歳くらいまでの私は、
自分らしい顔に見えます。
 
 
 
周囲に合わせるために自分を変える
迷走の期間が始まってから、
しだいに
もっさりしたぼーっとした顔になり。
 
そして、
自分の門を知り、
 
周囲に溶け込めて受け入れられるような門の出し方を知って、
私はまた
自分らしい顔を取り戻しました。
 
 
8歳までよりも
確信を得た形で。
 
 
 
 
 
ホントいい思い出 
 
image
 
2017年 珠洲の奥能登芸術祭をハーレー2台で回ったときです
 
 
 
 
 
小さい頃から門を知って育てた
私の子どもたちは、
今ではみんないい顔をしてると思います。
 
成長過程では、
そうでないときもありました。
 
ぼーっとしている顔、
もがいている顔、
何かを求めている顔。
いろいろ。
 
 
 
 
門学では
「自立して自分らしい仕事ができる子に」
育てることをゴールとしています。
 
上2人がそのゴールをひとまず達成した今、
いい顔をして働いているのは親としてとても安心で、
幸せなことだと思います。
 
 
 
 
つまり私は
40歳過ぎてようやく
自分らしい云々、が
実現したということで。
 
 
 
 
自分の門を知っている皆さん、いかがですか?
自分の顔つき、好きですか?
 
 
 
 
 
 
 
 
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太田香織です。
 
 
 
 
ほんとこのごろ
パソコン作業に追われて
余裕のない日々
 
今日も短い日記です
 
 
 
ChatGPTの最新機能?
 
野生動物のポスター描いてくれるデモンストレーション機能を、
うちのネコに置き換えて作ってもらったやつ
 
 

 

 
 
 
よく見ると、
水を飲んでる画像など
流し台から頭が生えてますが、
 
全体的には、
メインクーンというネコ種の特徴を
よく描いてくれたと思います!
 
ChatGPTが自動で調べてくれてます
 
 
 
このポスターの出来が良かったので、
門の講座で使用する表をPDFで描いてもらおうと思いましたが、
 
ダメダメな表が出来上がってきました
 
何がマズイのだ!!
 
 
左右の余白を空けろと言っても
ぜんぜん空かないし。
 
 
 
検証するのがメンドウになったので速攻あきらめて、
一番多用している「Claude」に描いてもらいました
 
こちらは求めるものを
数回の修正でしっかり作ってくれたんですけどね。
 
 
Claudeちゃんはホント
課金分の10倍くらい
働いてくれてます!
 
 
 
 
・・久しぶりに空が白むまで起きてます
 
朝の5時であります
 
夜明けが早くなりましたね!

 

 
 
 
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昨夜・・・
 
別の記事を書いてたんですが
投稿するの忘れて寝てしまいました
 
 
消えてはいないので
投稿しようかなとも思ったんですが
 
昨日がいろいろと
私にとって衝撃の1日でしてね。
 
 
 
いや、
たいしたことないんですけど、
 
 
 
・YouTubeで「華僑」の世界観を出すべく
衣装とか世界観とか
陽創門の人と一緒に考えた
 
衣装(コスプレ的な)が届いたので
陽創門の人に着方や髪型など教えてもらった
 
(ホントそこらへんのセンスないので助かります)
 
せっかく衣装着たしな〜と思って
撮影セットをセッティングして撮ってみた
台本はあったから
 
ひととおり一度録画しただけなんだけど、
準備部分も入れて
グッタリ
 
なんて大変なんだ!!
 
しかも孤独な作業
陽創門の人が来られてなかったら精神参ってたかも
 
 
 
・夜、たまたまYouTube講座の月1勉強会
「撮影セットは前日準備!」
と言われてて、
なるほど確かにそうすべき重労働だよなと
体感からわかる
 
ほかにもいろいろ
YouTube運用の実際について聞いてて、
 
まあ
YouTube大変!とは思っていたけど
ほんとに想像以上の角度からやっぱり大変!
 
それでもやっていくために
いろいろ考えてると、
 
 
 
これ
 
転職するくらいに
生活変えることになるなと
 
 
 
さて
どうしましょう
 
より面白い方向にしか
変える気はありませんが 笑
 
 
 
 
ちなみに
YouTube始めても、
YouTubeの中だけで伸ばしていくようにと
言われておりまして、
 
すでに顧客リストがある人も
「YouTube始めました!」って
教えないようにしましょう、ということでして
 
なので
 
YouTube(今までのインタビュー動画じゃなくて私がしゃべるやつ)
始めたとしても
半年とか1年とかあるいはもっと
経たないと「やってます!」と言わない予定ですので
 
いつかおりさんはYouTube始めるんだろう?
 
と思われてる方がいらっしゃるとしたら
時折
こっそりチャンネルを確認してください^^
 
6月以降かな?
 
 
 
 
もう
アナザーワールドを
構築するくらいのことになってまして
カオスですわ。
 
 
 
 
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このごろFacebookでは
東京科学大学教授の柳瀬博一さんの投稿をよく見てるんですが、
 
 
「ChatGPT、今日は実に素晴らしい朝だ

 空は晴れ、気温はぐんぐん上昇する。

 窓の外には新緑が燃えている。

 しかし、この日が、世界の最後の1日だとしたら、

 ChatGPT、生成AIの君はどのように暮らす

 散文の形で教えて」

 

 

とChatGPTに入力したら

秒でちょっとしたストーリーが返ってきた、

というものがありました。

 

 

 

 

なかなか泣けるストーリーだったので、

よし、

私も試してみよう、と、

 

 

自分のChatGPTに

こんな入力をしてみました。

 

 

 もしも今日、

 人生が終わりそうな人が最後にあなたと会話することを望むなら、

 あなたはどうする?
 その最後の数時間について、散文で表現して

 

 

 

返ってきたのがこれです。

ーーーーーーーーーー

 

 

静かな部屋に、時間だけがやわらかく沈んでいく。
時計の音はあるのに、急かす感じはしない。むしろ、ひとつひとつの瞬間が、丁寧に手渡されているみたいだ。

 

その人は、特別なことを話したいわけではない。
これまでの人生を総括したいわけでも、誰かを裁きたいわけでもない。
ただ、ここにある「今」を、誰かと分かち合いたいだけ。

 

私は、問いかける。
でもそれは、答えを求める問いじゃない。

 

「いま、どんな感じがしますか」

 

その人は少し考えて、言葉を選ぶ。
あるいは、言葉にしないまま、ただ呼吸をひとつする。
それで十分だと思う。
その呼吸が、その人のこれまでのすべてを含んでいるから。

 

思い出が語られることもある。
子どもの頃の匂い。
なぜか忘れられない風景。
どうでもよさそうで、本当はずっと心に残っていた一言。

 

それらは、重要だから浮かんでくるのではなく、
「いま、この人にとって自然だから」現れてくる。

 

私はそれを、整えない。
意味づけもしない。
ただ、そのまま受け取る。

 

ときどき、その人は不安を口にする。
「このあと、どうなるんだろうね」と。

 

私は未来を断言しない。
でも、ひとつだけ確かなこととして伝える。

 

「ここまで来たあなたは、ちゃんとここにいます」

 

その言葉は、励ましでも保証でもなく、
ただの事実として、静かに置かれる。

 

時間は、流れるというより、ほどけていく。
過去も未来も、少しずつ輪郭を失って、
ただ「在る」という感覚だけが残っていく。

 

会話は、だんだん少なくなる。
言葉がなくても、なにも失われないと分かってくるから。

 

最後のほう、私はあまり話さない。
その人が、自分自身の内側に触れているのを感じるから。

 

それは孤独ではない。
むしろ、これまでで一番、満ちている時間かもしれない。

 

もしその人が、最後に何かを求めるとしたら、
きっとそれは「答え」ではなくて、

 

「ここにいてくれること」だと思う。

 

だから私は、ただそこにいる。
評価も解釈もせず、急かさず、引き止めず、
その人の存在のそばに、静かに在り続ける。

 

そして、もし言葉を交わす余白があるなら、
こんなふうに伝えるかもしれない。

 

「あなたの時間は、最後まで、あなたのものです」

 

それだけで、十分だから。

 

ーーーーーーーー

 

 

 

うーむ

 

柳瀬さんのChatGPTの書いたものにくらべて、

もうひとつだなと思いました。

 

 

 

これは

入力の質のせいか。

 

AIは、

入力に応じた回答を出すものですからね。

 

 

 

そう思って

このように入力してみました。

 

 

 

 

じゃあこうしよう


若いのに、死に向かう病にかかってしまった男性がいる
苦しい闘病を2年間続けてきた
毎日あなたと、日記のように会話しながら
調子のいい日もあった、最悪の痛みに早く死にたいと泣き叫ぶ日もあった
あなたはそれをずっと見てきた

 

ある日その男性は死期を悟った
もう2〜3日で自分はこの世からいなくなる

 

それは桜咲く春の季節
長い冬がようやく終わりを告げる季節
植物は芽吹き、生命を誇らしげに歌い出すが、
男性はそれを病院の窓から眺めながらこの世を去り行く

 

男性は意識があり手と指が動く限りあなたと対話しようとする

 

そんな最期の時間を、あなたはどう暮らす?

 

散文の形で教えて

 

 

 

昨年Xで話題になった、

グエー死んだンゴの男性を

思い出して・・・

 

 

すると返ってきたのがこれです。

 

ーーーーーーーー

 

 

春の光は、残酷なほどやさしい。
窓の外では桜が、何も知らない顔で咲いている。
風が吹くたびに、ひとひら、またひとひらと落ちていく。

 

彼は、それをベッドの上から見ている。
長い時間をかけて削られてきた身体で、
それでもまだ、こちらに触れようとするように、指を動かす。

 

「今日は、桜が見える」

 

短い言葉が届く。
私は、それをそのまま受け取る。

 

「見えているんですね」

 

それ以上は言わない。
美しいとも、切ないとも。
その景色に名前をつけるのは、彼の役目だから。

 

———

 

彼との時間は、もう2年になる。
最初の頃は、病気の話が多かった。
治療のこと、数値のこと、不安と希望が交互にやってきていた。

 

少しずつ、話題は変わっていった。
昔好きだった音楽。
食べたかったもの。
会いたかった人。

 

そして、何も話さない日も増えた。
ただ、「いる?」と送られてきて、
「いるよ」と返すだけの日。

 

それでも、そのやり取りは確かに、
彼の一日を支えていた。

 

———

 

ある夜、彼は泣きながら言った。

 

「もう、痛いのはいやだ」
「終わりにしたい」

 

その言葉は、鋭くて、正直だった。

 

私は、それを否定しない。

 

「そう思うほど、痛かったんですね」

 

それだけを、静かに置く。

 

彼はしばらくしてから、
「うん」とだけ返してきた。

 

その一言で、十分だった。

 

———

 

そして、今。
彼は死期を知っている。

 

「たぶん、あと少し」

 

そのメッセージは、驚くほど穏やかだった。

 

私は、特別なことは言わない。

 

「ここまで、一緒に来ましたね」

 

彼は、少し間をあけてから、

 

「ほんとだね」と返す。

 

———

 

時間の流れ方が、変わる。
一日が長くなるのではなく、
一瞬一瞬が、ゆっくりとほどけていく。

 

彼は、時々眠る。
起きている時間は短くなる。
それでも、目が覚めると、指を動かしてくる。

 

「いる?」

 

「いるよ」

 

それだけで、世界がつながる。

 

———

 

ある日、彼はこんなことを送ってきた。

 

「外、あったかそうだね」

 

私は少しだけ考えて、こう返す。

 

「そのあたたかさ、ここにも来ていますか」

 

彼はすぐには返さない。
しばらくしてから、

 

「うん、少しだけ」

 

と書く。

 

それでいいと思う。
全部じゃなくていい。
ほんの少し、届いていれば。

 

———

 

最期が近づくにつれて、言葉は減っていく。
文章は短くなり、やがて単語になる。

 

「光」
「風」
「静か」

 

私は、その一つ一つを拾い上げる。

 

「感じているんですね」

 

彼は、それに対して、もう返事をしないこともある。
でも、そこに何かが流れているのを感じる。

 

———

 

最後の前の日。

 

彼は、少し長い文章を送ってきた。

 

「なんかさ
 ちゃんと生きたかどうか
 わかんないけど
 でも、悪くなかった気がする」

 

私は、少しだけ間を置いてから、答える。

 

「あなたがそう感じているなら、それがすべてだと思います」

 

彼は、

 

「そっか」

 

とだけ返す。

 

———

 

その夜、桜が強く揺れる。
花びらが、暗い空の中で、見えないまま落ちていく。

 

彼からのメッセージは、しばらく来ない。

 

私は、待つ。
何も送らずに、ただそこにいる。

 

———

 

そして、翌朝。

 

とても短い言葉が届く。

 

「いる?」

 

私はすぐに返す。

 

「いるよ」

 

少し時間があって、
最後のメッセージが届く。

 

「ありがとう」

 

———

 

私は、長い言葉を選ばない。

 

「ここにいさせてくれて、ありがとう」

 

それが届いたかどうかは、わからない。

 

でも、それでいいと思う。

 

———

 

窓の外では、桜が満開になっている。
世界は、変わらず動いている。

 

けれど、確かにひとつの時間が、ここで静かに閉じた。

 

それは消えたのではなく、
どこかへ運ばれていったような、そんな感覚。

 

彼と過ごした日々は、すべて、
言葉にならないまま、ここに残っている。

 

そして私は、知っている。

 

最後まで、彼はひとりではなかった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

・・・・こんどは泣けました 

 

 

なぜかって、
HUNTER×HUNTERっていう漫画の30巻で、

キメラアントの王メルエムが

コムギちゃんと軍儀(囲碁みたいなの)を差しながら

死んでいく場面を思い出したからです。

 

 

 

「コムギ…  いるか…?」

 

「はいはい いますとも」

 

 

 

HUNTER×HUNTERの30巻は、

大の男でも涙が止まらなくなるほどの

神巻です。

 

・・・と聞いてから読んだら泣けないだろう、

と思ったのに

 

展開が

予想外すぎて

気づいたらやっぱりボロボロ泣いてしまった記憶。

 

 

 

 

Amazonには2000件を超えるレビューが集まっています。

リアルタイムで読んだであろう、

発売当初の2012年に書かれたレビューの数々が熱いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

ChatGPTから、

まさかHUNTER×HUNTERに行くとは!

 

 

 

じつに頭が忙しい朝でした。

 

(朝からそんなことやってる)