大英博物館の春画展覧会へ行ってきたのです!
4部屋を2時間あれば巡れる展覧会を、1部屋目で3時間も過ごしてしまい、とにかくのめり込みすぎて熱が出てきたので、途中で切り上げて残りは後日行くことにしました。
まとめた感想は後日ブログに書きます。
700年以上前の春画なんて見たらもう寝付けそうにありません!古代も現代も人間はいつどきも欲深きものですね・・・
大英博物館の春画展覧会へ行ってきたのです!
4部屋を2時間あれば巡れる展覧会を、1部屋目で3時間も過ごしてしまい、とにかくのめり込みすぎて熱が出てきたので、途中で切り上げて残りは後日行くことにしました。
まとめた感想は後日ブログに書きます。
700年以上前の春画なんて見たらもう寝付けそうにありません!古代も現代も人間はいつどきも欲深きものですね・・・

画像引用元:オヤヂの読書記
百番に関しては以前記事を書いたのですが、その時は豪華絢爛な壁画や襖絵に夢中になっていたものですから、内装や外観を記録していませんでしたm(_ _)m
☞飛田新地 百番 The traditional house of prostitution
なのでまた勝手に他の方のブログから引用します。(ちなみにここまで画像を引用してまでブログを書くのは、日本語であれ英語であれブログを書くのも学校の課題の一つで、頻繁に見せなくてはいけないのです)
提灯の灯火…
画像引用元:おいしい生活
歴史を目の当たりにしてきた艶っぽい欄干…

画像引用元:☆銀座憧湖☆お江戸じゃんぬの毎日
そして客人を迎え入れる唐破風の玄関…

画像引用元:大阪レトロ
そして秘密の園、中庭。

画像引用元:熱中ブログ
完璧すぎるコンビネーションです。そう思えばこれ以上ないほどの贅沢な造りなのですね。百番へ行った時には女将さんがピリピリしておりあまりゆっくり見ることができなかったので、それに気づけなくて残念です。
次回へつづく…
札幌の私娼についての面白い記述を見つけました。
性之研究会『賣淫研究』(1921年11月10日発行)からの引用です。
まずはこの著作者なのですが、「性之研究会」とあります。戦後のカストリ雑誌を想像させますが、発行は大正10年であり、中身も割合まじめです。
当研究会の住所も記してありました。「東京市外高田町高田1495番地」だそうです。
そして内容。
札幌の区立病院での話(聴き取り?)らしいのですが、「MI」とは「medical institute」つまり医大生ということでしょうか。
この著作が1921(大正10年)のものなので、当時は蕎麦屋という名義で私娼街があったようです。

画像の引用元:東京国立博物館
歌川国貞「北廓月の夜桜」 江戸時代後期(おそらく1850年前後くらいと勝手に予想)
これは吉原大門を表から見た図で、通りに見える建物は見世ではなく、引き手茶屋だそうです。有名なお話ですがこの満開の桜は春になるとわざわざ桜の木を他所から持ってきて植えられるのですよ。

歌川国貞の浮世絵と同アングルからの撮影です。
画像の引用元:OLD PHOTOS OF JAPAN
明治33年(1900年)

これも吉原の妓楼のひとつだそうですが、これは”西洋風”ではなく伝統的な遊廓建築ですね。
画像の引用元:OLD PHOTO OF JAPAN
明治23年(1890年)
大門の写真から11年後の春、吉原遊廓は大火災に見舞われます。

画像引用元:探検コム
以後にも空襲や火災の被害は多くあるのですがこの明治末期の大火災が映画で有名な「吉原炎上」です。←私の好きな映画のひとつ。
その後まもなくして大正時代には、吉原遊廓は復興したそうですが、明治12年の関東大震災でまたもや全焼の被害に被ります。
余談ですが(ホントに余談)黒澤明は幼い頃に関東大震災を経験し、兄に無理やり外に連れ出され何千ものの死体や倒壊した建物を見て以来、現実を直視するという大切さを学んだそうです。

画像引用元:探検コム
大正時代(1912年~1923年の間に撮影)
話は吉原に戻りまして、大震災後、昭和に入ります。吉原遊廓は復興したそうですが、写真を見てみると以前の妓楼よりも淡白でちょんの間のような寂しい造りになってしまいましたね。これぞ昭和の遊廓らしくて味があって良いのですが。

画像引用元:探検コム
昭和6年(1931年)

画像引用元:吉原はこんな所でございました
昭和初期
しかし春の仲ノ町は相変わらず華やかです。
昭和20年(1945年)、復興しばかりの吉原でしたが、太平洋戦争の空襲により全焼してしまいます。そしてGHQによる公娼の廃止制度により吉原は幕を閉じ赤線・青線の時代へ突入します。※全国の遊廓が廃業に追い込まれた昭和33年の売春防止法の完全実施までは営業しているお店は多くあったそうです。
当時の実録です。ここまで近代になると今回の課題とは趣旨が違ってきます。
赤線の時代といえば…洲崎パラダイス赤信号!と話したくなってしまいますが、どんどん脱線していっているので一旦ここで締めにします。

画像引用元:十三のいま昔を歩こう

画像引用元:十三のいま昔を歩こう
しかし観客は毎年減ることはなく大盛り上がり。14日の本宮には庄本の多くの家庭で宴会が行われ、この日は朝まで騒いでも近所迷惑だとは言われません。

画像引用元:十三のいま昔を歩こう

画像引用元:十三のいま昔を歩こう
お昼には神主さんが各一軒を回り、奉納するお金を取りにきてくれます。(適当な言い方がわからない)
そして獅子舞も出て、きっと神様のお祭りというニュアンスがより強いのは昼だと感じます。

画像引用元:十三のいま昔を歩こう
お気づきになられましたでしょうか?じつは夜の写真にあった白いぼんぼりは14日の本宮の夜しかつけません。本宮の夜意外はこの赤い布団太鼓なのです。

画像引用元:十三のいま昔を歩こう

彼女はとても才能溢れるファッションデザイナーです。最近独立をしました。
New Denim Design Talent: Lucy Adjoa Armah

画像引用元:舞子の浜


画像引用元:廃墟巡り~日本のアングラを探る~