娘が戻ってきてから、うちの中はそれなりに平穏になった。
とはいえ、娘が嘘をつくのは変わらず、
大きな声を上げたり手を上げたりすることは絶対にするまいと思いながら過ごした。
私が変わりつつあったとはいえ、娘にしてみたらそんなにすぐすぐ信用できるものでもないし、心に沁みついた怖さがあっただろうからそんなにすぐに変われるわけはなかったと思う。
変化があったのは娘が5年生になったくらいから。
なにかきっかけがあったのかと聞かれてもよくわからないのだけど、それまで私は、私自身が子育てに失敗していると言われたくないという気持ちが強く、それを原動力にして娘に接してきた。
それが外れたのだと思う。
それまでは娘のダメなところをどうしたらよくできるのか・・・と考えていたのが、娘はどうしてこういう風にするんだろう?という視点で物事を見ることが、ようやく定着してきたのかもしれない。
視点が変わったら、そんなに怒ることでもないなと思うことがほとんどで、自分のしてきたことに改めてゾッとした。
娘もいちいち嘘をついて誤魔化すということをしなくなり伸び伸びとした表情がたくさん出てきた。
今まで、悪いほうに悪いほうに循環していたものが、私が少し変わる努力をしたことで、流れが変わりはじめ、そこから娘の反応にも少しずつ変化が出てきて、さらに楽に私が変われるようになって娘の反応も変わって・・・という循環ができたことが変化を加速させたのかもしれない。
娘の頑張りには本当に感謝している。
それから1年後、うちから少し離れたところに子ども専門の心療内科が新しくできた。
主に発達障害の子ども達を診察しているところだったので、相談員の方の言葉がずっと引っかかっていた私は、娘と一緒に病院に行ってみることにした。
何もなければそれが一番だし、もし何か問題があるのであれば、早めの治療や対策をとれた方が、娘の将来にとってもいいことだと思った。
その当時、そんなに深い知識もなかった私たちは、まず娘と一緒に診察室に通され、一通り話を聞かれた。
その後、娘ひとりが診察室に残り10分くらい経ってから、私と交代。
医師は娘が診察室を出てから
「お嬢さんとお話させていただきましたが、典型的な発達障害です」
今はいい薬がありますから。
お嬢さんにもお薬を飲んで頭がよくなったらいいと思う?と聞いたら『うん』と元気よく言っていましたよ」
ときっぱり言われて、私は本当に膝から崩れ落ちそうだった。
恐れていたことが現実になってしまった。
何の慰めにもならないことだったが
「お母さん、虐待は連鎖しますが、発達障害は遺伝です、お母さんのせいじゃありません」
と言われ、薬を継続して飲むことで改善され、将来的には薬なしで生活できるようになりますという説明を受け帰宅。
娘が寝静まってからケンチャンと2人で遅くまで話をした。
とにかく処方された薬を飲みながらしばらく様子をみることと、私たちの考え方ではなく娘の考え方や能力に合わせた生活をするように改善しようという話をして、生活の導線から見直していくことにした。
最初に気づいたのはケンチャンだった。
病院で薬を処方されて2-3週間たったころ。
「●●(娘)の目つきがおかしい」
と言い出した。
話をしているときは普通なのだが、ぼんやりしていたり上の空になっているときの目つきが、危ないクスリをやっている人みたいに見えると。
薬のせいじゃないかという話になり、次に病院に行ったときに医師に相談すると
「薬の量がまだ十分でないせいだと思います。
徐々にお薬に体を慣らすために増やしていくので、それによってだんだんよくなりますよ」
と説明された。
私は医師の言葉を信じ切っており、増えた薬をせっせと娘に飲ませていたが、ケンチャンはそれを疑いを持って見ていたのだと思う。
そうこうするうちに、担任の先生の対応がショックで娘が学校に行けなくなる事件が起きた。
娘が小学6年生のときのこと。
これは過去の日記に上げているので省略。
娘が服薬を開始して2か月後
再びケンチャンが
「●●(娘)、絶対おかしくなりよる。
薬のせいだと思う、やめさせて様子見よう」
と言い出した。
薬は最初朝10㎎からはじまり1週間ごとに5㎎-10㎎ずつ増えていったので、このときは70㎎-100㎎とかそのくらいの量になっていたと思う。
医師に再び相談したが、薬が足りないせいだと言われ、さらに増薬。
このころ、娘が学校に行けなくなっていることに対しての医師の言葉に疑問を感じていた私も、他の病院を受診することを決めた。
他の病院に行ってまず言われたこと
「発達障害の検査は受けられました?」
・・・・・・・・・・
受けてない・・・。
「お嬢さんは今、お薬を処方されていらっしゃるんですよね?
確認しましたが、お嬢さんが服用されてる量なんですが、成人が服用できる最大量ギリギリの量です。
はっきりしたことは何とも言えませんが、個人的にはこんな量は必要がないと思います。」
・・・・・・・・・・
「脳や精神に作用するお薬ですから、徐々にお薬を減らしていくところからはじめて、お薬がゼロになってから臨床心理士のテストをするようにしましょう。
本当に発達障害かどうかを判断するためにはこのテストを受けた上での判断になりますから、まずはテストを受けれる状態までお嬢さんを戻していきましょう」
なんてこったい・・・・
どんどん増えていった薬を、どんどん減らしていく作業をはじめるにあたって、私は娘にも最初の病院に行くことになったきっかけから、発達障害のことなどを全部伝えた。
「最初は頭のよくなる薬飲む?って言われたから、それすごいと思って軽い気持ちで返事したけど、毎回薬が増えていってなんか怖いと思ってた」
と娘からも言われ、約1ヶ月かけての減薬をスタート。
薬が少なくなっていくにつれて、娘がぼーっとしておかしな表情をすることも少なくなってきた。
1か月後にテストを受け、結果がわかるのが2週間後。
テストの結果は
「特徴は色々とありますね。
例えば、お嬢さんの特徴として、先に説明を聞くよりも自分で勝手に取り掛かってしまうとか。
そのために失敗することも多いと思います。
失敗してから説明を聞いたり、説明書を読んだりするので人より時間がかかるでしょう」
ああ、うん、モロそれ
「でも、発達障害と診断されるようなものは全く見受けられません。
個性を持った普通のお嬢さんなので安心してください。
とっても明るくて笑顔が素敵で、いいお嬢さんですよ。
お母さんも大変でしたけど、よく頑張ってこられてると思います」
思いがけず病院で泣いてしまった。
娘が全然知らない大人の人たちに、いいお嬢さんとして受け入れられてるんだー
子育て失敗したことの方が多いけど、娘は失敗じゃなく育ってたー
ということがとても嬉しかった。
なんだかめでたしめでたし
みたいにまとまってしまったが・・・
私は毒親のようにはならないと言いながら、まさに毒親のように娘を苦しめてきた。
もうしないためにも、自分がしたことは忘れたくない。
私の子育てがどうだったかは、娘がおとなになったらはっきりすると思う。
それまで、自分の中の毒をカウンセリングや毎日の生活の中で中和していけたらいいなと思っている。
なにより、娘が大好きで、そのまんまの娘が可愛くてたまらないという気持ちを自分が持てたことはすごく嬉しいし、そうなるように関わってくれた周りの人たちがいてくれて、私は恵まれていたんだなぁとしみじみ思う