韓流時代小説 秘苑の蝶~龍は望むー国王の決断。俺は誰が何と言おうと、そなたを中殿に迎えるつもりだ | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
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第五話(最終話) Blue Lotus~夜の蓮~

去年から一年に渡って執筆してきた長編「秘苑の蝶」ここに完結。

☆国王陽祖が崩御した。陽祖のただ一人の子を懐妊した最晩年の側室となった雪鈴。だが、お腹の御子の本当の父親は陽祖ではなく、世子文陽君だ。やがて即位した文陽君(直祖)は、かつての言葉を思い出させるような大胆な行動に出てー。
ー俺は、そなたを取り戻すために必ず王になる。王になるために、女を奪われた屈辱にも耐えてみせる。
シリーズ最終巻が開幕。

******************

 雪鈴は静かな声音で言った。
「そんな自棄のようなことをおっしゃってはいけません。一国の王たる方が軽々しく口にされるお言葉ではないと存じます」
 コンが子どものように口を尖らせる。
「どうせ俺は軽はずみだ」
 更に彼はムキになったように言う。
「だが、王も人間だ。感情だってある」
 雪鈴は溜息をついた。
「感情のままに生きられないのが王なのですよ」
 コンが雪鈴を睨んだ。
「そなたは可愛い顔をして、分別くさいことばかり言う。スチョンと同じだ」
 しばらく忘れていた名前を出され、雪鈴は複雑な想いに囚われた。スチョンは現在は大殿尚宮を務めている。コンの乳人であり、生まれてまもなく生母を亡くした国王にとって実母のような存在だ。
 スチョンと最後に言葉を交わしたのは、去年の秋の初めであった。郊外の寺に詣でた日、奇しくも彼(か)の者に遭遇したのである。
 あの日、彼女から突きつけられた科白は今も消えることはない。。
ーそうです、あなたがお考えになった通りです。あの日、私はわざと殿下のお目にあなたが止まることを期待して、御前にお茶を運ぶようにお願いしたのです。
 彼女が画策したせいで、雪鈴は先王と出逢った。雪鈴の美貌に心奪われた先王はすぐに雪鈴を後宮に召し上げると言い出したのだ。
 あの者の策略で運命を狂わされたのは何も雪鈴だけではない。コンもまた同じだ。
 スチョンは偏見のない眼で自分を見てくれる数少ない理解者の一人だーと、そのときまでは迂闊にも雪鈴は信じていた。だが、そうではなかった。スチョンはコン可愛さのあまり、雪鈴を生け贄よろしく前王に差し出したのだ。あのときの衝撃はけして小さくはなかった。
 けれど、今になって真実をコンに告げて、どうなるというのか。コンはスチョンを母のように大切にしている。彼女のせいで雪鈴を前王に奪われたと知れば、哀しむし苦しむだろう。雪鈴がスチョンの裏の顔をコンに告げないのは、あの者のためではなくコンのためだ。 
 ぼんやりと想いに耽っている雪鈴の耳を、コンの声が打った。
「俺は誰が何と言おうと、そなたを中殿に迎えるつもりだ」
 強い決意を秘めた声に、雪鈴は首を振った。
「それは無理というものでしょう。誰もが認めません」
 雪鈴がたしなめるように呼んだ。
「殿下」
 コンが憮然として言った。
「その呼び方は止めてくれと何度言ったら判る? 認められなければ王位を降りる、それだけのことだ」
 雪鈴が手を伸ばし、コンの手を取った。宥めるように軽く手を叩く。
「駄々っ子のようなことをおっしゃってはなりません。第一、私の知るコンさまは、玉座を無責任に放り出すような方ではありません」
 コンは頑なに唇を引き結んでいる。その視線ははるかに霞む水平線に向けられたままだ。
 この瞬間、雪鈴は覚悟を決めた。
「では、私は二夫にまみえる毒婦と後ろ指をさされるのを承知の上で、コンさまのお側に参ります。ただ」
 コンが慌てて振り向いた。
「ただー何だ?」
 雪鈴はひと息に言った。
「ただ、中殿さまにはなりません。いえ、なってはならないのです。側室として、コンさまのお側に置いて頂けるだけで十分です」
 コンがまたプイとそっぽを向いた。
「駄目だ。話にならん。俺はそなたを日陰の花にしておく気はないんだ。雪鈴は王妃にする。他の女を側に置く気も無い」
 雪鈴は瞳を潤ませてコンを見た。
「何故、判って下さらないのですか? 私の評判など、どうせもう地に落ちたも同然ですゆえ、この際どうでも良い。ですが、コンさま、前王さまにお仕えした私をまた、あなたが後宮に入れれば、後々まで女に腑抜けた色狂いの王と歴史に名を刻むことになりますよ、それでも良いのですか」
 コンがまた雪鈴を見た。
「望むところだ。俺は雪鈴だけを悪者にしたくはない。何と誹られても良い、国よりも民よりも、俺はそなたを選ぶと決めた」
 国よりも民よりも、俺はそなたを選ぶと決めたー。
 女であれば、どれほど嬉しい言葉だろう。雪鈴だって、泣きたいほど嬉しかった。
 改めて眼の前のコンを見つめる。秀でた額、整った鼻梁、引き締まった形の良い口許。こんなに素敵な男(ひと)が自分のような平凡な小娘を愛してくれた。その幸運と出逢いの奇跡に気が遠くなりそうな気がする。
 コンの綺麗な双眸には強い意思が漲っている。この瞬間、雪鈴はもうどれほど言葉を尽くそうとも、愛する男の決意を覆せないのだと知った。
 であれば、我が身も愛する男と共に運命を共にしよう。毒を食らわばと古人(いにしえびと)も言ったではないか。
 いや、何より雪鈴自身が彼の側に居ることを望んでいるのだから。たとえ、この国中の人から石つぶてを投げつけられようとも。
 黙り込んだ雪鈴に、コンが窺うように問いかける。
「こんな男だと知ってますます愛想を尽かしたか?」
 雪鈴は婉然と微笑んだ。一国の王をたちどころに魅了する妖艶な微笑だ。雪鈴自身はいまだ自分が世に言う〝傾国の美貌〟だとの自覚はない。もっとも、彼女のそんな無垢な部分こそが最大の魅力ではあるのだが。