韓流時代小説 秘苑の蝶~真心ー何があったか話してくれ。俺は頼りないかもしれないが力になりたいんだ | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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韓流時代小説 後宮に蝶は舞いて~Everlasting love~【朝鮮烈女伝異聞】

嫁いで四日目に夫を失った少女孫雪鈴(ソン・ソリョン)。夫の死の悲しみも冷めやらぬある日、舅と姑から夫に殉死するように迫られー。

朝鮮王朝時代、夫に先立たれた未亡人は、しばしば婚家から不当に自害を強いられることがあった。いわゆる「烈女」制度が引き起こす悲劇だ。寡婦となった妻は亡き夫に操を立て見事に生命を絶つことが何よりの名誉とされる思想があり、婚家の義両親は、その栄誉を受けたいがために嫁に死を迫ったのだ。

朝鮮王朝中興の祖と民から愛された王、直祖と王を支え続けた賢后・孝慧王后の出逢いから、数々の苦難を経て成婚に至るまでを描く。

  ローダンセ 花言葉ー変わらぬ愛

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 そういえばと、今更ながらに気づく。コンと一緒にいると動悸がいつになく速くなり、頬どころか身体が熱くなる。彼と過ごす時間は刻を止めてしまいたいほど楽しく、彼が帰った後はまた明日の朝が来るのが待ち遠しい。彼が見つめるだけで泣きたいような、笑い出したいような矛盾した気持ちになる。
 これってー。雪鈴はハッとした。まるで、恋をしているようではないの。
 雪鈴が好んで読んできた恋愛小説のヒロインたちは、皆、物語の中で運命の男と出逢った後は、胸がドキドキしたり訳もなく心が浮き立ったり泣きたくなったりしていた。
 雪鈴は以前、嫁いだ幼なじみが話していた言葉を記憶に蘇らせた。
ー婚約者のことを考えただけで、頬が熱くなって眠れなくなるの。
 まさに、今の雪鈴が同じだ。コンのことを考えただけで、胸が苦しくなる。なのに、とても幸せだ。
 その瞬間、ストンと落ちてきた想いがあった。我が身はこの優しい生命の恩人に恋してしまったのだと。
 そして、雪鈴はどうしても亡くなった良人ハソンとコンを比べてしまうのだった。ハソンには申し訳ないけれど、良人と一緒にいて胸の鼓動が速くなったこともなければ、見つめられて頬が熱くなったこともなかった。
 優しい男だったから、ハソンがもし長生きをして夫婦として連れ添えば、穏やかな関係を築くことはできたろう。それでも、あれは恋ではなかった。
 このように考えるのは、亡くなった人に対しての冒涜だとは判っていた。それでも、雪鈴は知ってしまったのだ。真実の恋とは、どんなものであるか。恋愛小説に描かれていたのは嘘ではなかった。恋に落ちれば、人はこんなにも切なく、苦しい。なのに、その人のことを考えただけで満ち足りた想いになれる。
 けれどー。雪鈴は思う。この想いは、けして表に出してはならないものだ。我が身はいつ、どうなるか知れたものではない。コンの人となりを知った今では、彼が崔家に雪鈴の身柄を引き渡すようなことはしないと判る。しかし、義両親が強く要求すれば、コンは雪鈴を引き渡さざるを得ない。何故なら、それが両班の世界の常識だからだ。
 第一、彼はまだ雪鈴の素性を知らないままだし、崔家との繋がりすら知らない。秘密を持ったまま彼の厚意に甘えるのは心苦しかったけれど、現状、雪鈴には身を寄せる当てもない。ただ、こんな複雑な事情を抱えた身で、コンに恋情を伝えることだけはできないと判っていた。
 と、コホンと咳払いがやけに静寂に大きく響いた。スチョンが呆れたように眼をくるりと回している。
「坊ちゃまもお嬢さまもそんなに熱く見つめ合っていたら、お互いに顔に焦げ穴が空いちまいますよ」
 先に反応したのはコンだった。
「なっ、何を言い出すかと思えば、下らんことを言うものではない。彼女が困っているではないか。それに、その呼び方は止せと何度言ったら判るんだ」
 確かに、あからさまに指摘されると恥ずかしすぎる。頬が熱すぎて、顔が上げられない。
 ただ、自分はともかく、コンまでもが自分を熱く見つめていたということはないだろう。
 スチョンが意味深な笑みを浮かべ立ち上がった。
「とにかく、今度からは女人に花を贈るときは、よおく、お気を付けになって下さいまし」
 扉を閉める間際、乳母の独り言が聞こえた。

「女好きの癖に女心を知らないんだから、困ったものだ」
 コンが更に狼狽えた。
「お、おい、まだ余計なことを言うか」
「ー?」
 この主従の会話は雪鈴も皆目理解できなかった。
 コンが咳払いをする。わざとらしい咳払いだと思うのは、気のせいだろうか。
 雪鈴は居住まいを正した。今日こそは、きちんと伝えねばならない。彼の許で手厚い世話を受けたお陰で、体調は元通りになった。これ以上、優しさに甘えてばかりでは雪鈴の気が済まない。
 雪鈴がじいっと見つめていると、コンがいつになく頬を赤らめた。
「言いたいことがあるのは乳母だけではないようだな」
 雪鈴はコンの眼を見つめ、はっきりと言った。
「コンさまのお陰で、すっかり元気になれました。ゆえに」 
 ふいに鋭い声に遮られた。
「聞きたくないっ」
 何故、彼がこんなにも激情を露わにするのか判らない。雪鈴がなおも見つめていると、コンがまた咳払いした。
「大きな声を出して愕かせてしまった。済まない」
 自らを恥じるかのような彼に、雪鈴は首を振る。
「いいえ」
 コンは考え考え、言葉を続けた。
「俺はてっきり、元気になったから、そなたがここを出てゆくとばかりー」
 しまいはぼそぼそと聞き取れなかった。雪鈴は微笑んだ。
「正直に申し上げます。ここを出ても、私にはゆく場所がありません」
 コンが一瞬、押し黙った。
「ゆく当てがないとは」
 少しく後、躊躇いながらも問うてくる。
「一体、何があったのだ?」
 重い沈黙が二人の間に落ちた。彼と一緒にいて、こんな風に気まずいと思ったのは初めてだ。
 コンが吐息と共に言った。
「思い出したくないことを思い出させてしまうかもしれないが、そなたを屋敷に連れてきた翌日、スチョンが話していた。そなたの脹ら脛に容赦なく鞭打たれた跡があったそうだ」
 ヒュッと自分が息を吸い込む音が聞こえた。
「ーっ」
 コンがどこか哀しげな口調で言った。
「実の親がそのように残酷な所業をするとも思えぬ。さりとて、見つけたときの身なり、そなたの立ち居振る舞いは明らかに良家の子女のものだ。実のところ、そなたがどこでどうしていたのか。俺には想像もつかんのだ」
 また沈黙。
「その若さで自ら入水するほどの何がそなたにあったのか。何が今もそなたを苦しめるのか。俺は知りたい。そなたの苦しみを少しでも取り除いて、笑顔を取り戻してやりたいのだ。俺では頼りないかもしれないが、力になれないか?」
 何という心のこもった言葉だろう。雪鈴は声もなく、ただ眼を見開いてコンを見つめているだけだった。混乱と嬉しさという矛盾した気持ちが、眼尻に涙の塊を押し上げる。
 婚家の義両親は死ね死ねと迫り、雪鈴が自害しないと知るや彼女を殺害しようとした。
 実家の両親さえ、両班家の常識の前では雪鈴という存在を切り捨てた。
 なのに、この男は何の関わりもないのに、雪鈴の心にどこまでも寄り添おうとしてくれる。
 ただありがたくて、言葉は出てこなかった。うつむいて涙を堪えていると、コンが静かな声音で言った。先刻までの激したのが嘘のようだ。もう、いつもの彼に戻っている。
「そなたがどうしても話したくないというなら、最初の約束通り無理には訊き出さない。だから、泣き止んでくれ」