韓流時代小説 秘苑の蝶~恋心ー彼の何げない言葉に頬が熱くなる。私の性格を褒めているだけなのにー | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

Every day is  a new day.
一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
小説がメイン(のつもり)ですが、そのほかにもお好みの記事があれば嬉しいです。どうぞごゆっくりご覧下さいませ。

韓流時代小説 後宮に蝶は舞いて~Everlasting love~【朝鮮烈女伝異聞】

嫁いで四日目に夫を失った少女孫雪鈴(ソン・ソリョン)。夫の死の悲しみも冷めやらぬある日、舅と姑から夫に殉死するように迫られー。

朝鮮王朝時代、夫に先立たれた未亡人は、しばしば婚家から不当に自害を強いられることがあった。いわゆる「烈女」制度が引き起こす悲劇だ。寡婦となった妻は亡き夫に操を立て見事に生命を絶つことが何よりの名誉とされる思想があり、婚家の義両親は、その栄誉を受けたいがために嫁に死を迫ったのだ。

朝鮮王朝中興の祖と民から愛された王、直祖と王を支え続けた賢后・孝慧王后の出逢いから、数々の苦難を経て成婚に至るまでを描く。

  ローダンセ 花言葉ー変わらぬ愛

*****

  発覚

 静かに室の扉が閉まり、若い女中が出ていった。雪鈴は小さく息を吐き出した。
 雪鈴は上品な屏風を背にして、薄紅色の座椅子に座っている。屏風には雪の中で遊ぶ二羽の鶴が情緒豊かに描かれていた。
 驚くなかれ、この絵はコン自身が描いたというのだ。片隅に流麗な手蹟で記された五行詩も彼自身の手になると知ったときは、ちょっとした愕きだった。
 気散じにとわざわざ女性が好みそうな恋愛小説まで取り寄せてくれ、雪鈴は一時、夢中でそれらを読み耽った。
 都から離れた北の町には、都で流行った小説は少し遅れて入ってくる。以前から読みたいと思っていた小説ばかりだった。
 今も向かいの文机の上には、その中の一冊が載っている。もう内容を諳んじられるほど繰り返し読んだ。
 雪鈴が意識を取り戻してから、半月が経過した。その間、〝イ・コン〟と名乗った彼は雪鈴を風にも当てないと言わんばかりに療養させた。大袈裟ではなく、本当に身の回りの世話をしてくれるスチョン、彼の乳母も呆れるほどの過保護ぶりだったのだ。
 雪鈴としては、ゆきずりのコンが何故、自分にそこまでしてくれるのか判らない。けれども、コンが情け深い男なのはよく判ったので、素直に好意に甘えることにしていた。
 ただ、甘えるにしても限度がある。ここに来て、そろそろ半月だ。元々、あれだけの高さの崖から落ちたにも拘わらず、雪鈴は掠り傷ほどしか負わなかった。まさに、神仏のご加護としか言いようがない奇跡だ。
 若い肉体は日にち薬で、半月経った今はもう、どこも悪いところはない。このままコンの優しさに甘えてばかりというのはかえって居心地が悪かった。
 今も女中のソンニョが食べ終えたばかりの膳を下げていったところである。ソンニョはスチョンと共に世話を焼いてくれる娘だ。赤ら顔の可愛い娘で、雪鈴より一つ年上だという。
 素直な気性の娘なので、雪鈴もすぐに打ち解けて仲良くなった。
 冬の朝の透明な陽差しが八角形の窓を通して差し込んでいる。暦はいつしか二月も下旬になっていた。今日こそは言わねばならない。
 雪鈴が意を決したのと、室の扉の向こうでコホンと軽い咳払いが聞こえたのはほぼ時を同じくしていた。
「どうぞ」
 訪問者は雪鈴が返事をするまで、律儀に待っている。けして踏み込んではこない。自分の屋敷で、主人なのだから遠慮する必要はないと思うのだが、コンはいつも丁寧すぎるほど礼儀正しかった。
 一応、若い女性だと敬意と節度を示してくれているのであろうことは判った。
 扉が開き、コンが入ってくる。雪鈴は立ち上がり、上座を彼に譲った。
 コンが座椅子に座ってから、雪鈴は文机を挟んで向かい合う。
 毎日、この時間に訪ねるのがここ半月ばかりの日課になりつつあった。大体、雪鈴が朝食を終えてひと息ついた頃、彼はやってきて半刻から一刻ほど歓談して去ってゆく。雪鈴もいつしか彼の来訪をひそかに心待ちにするようになった。
 今日はいつもと少し勝手が違った。座るなり、彼は腕に抱えた花束を文机に乗せたのだ。
 眼にも眩しいほど鮮やかな緋色の椿である。コンが少し面映ゆげに言った。
「今朝、庭に出たら、寒椿があまりにも美しく咲いていたものでな。そなたに持ってきた」
 刹那、雪鈴は息を呑んだ。確かに数輪の紅椿は艶(つや)やかで美しい。彼のように絵心があれば、雪鈴も描いてみたくなるだろう。
 しかし、雪鈴は物心ついたときから、母に言われていた。
ー椿は不吉な花ゆえ、飾ったり、ましてや他人(ひと)に贈るものではありませんよ。
 常識だから、知らずに贈れば失礼に当たると言い聞かされて育ったのだ。
 椿は綺麗だけれど、散るときには花冠ごと落下する。それが〝頭、首が落ちる〟と縁起悪いと嫌う人もいるのだとか。
 雪鈴は迷った。コンは男の人だし、そんなことは知らなくても不思議はない。また、あくまでも縁起を担いだだけの話だと気にしない人もいるだろう。その点、実家の母は贔屓の占い師を度々屋敷に呼び寄せ、その結果で出掛ける日を決めるというほど徹底して迷信深かった。
 ここはコンの心を傷つけないためにも、知らないふりで花を頂こうと決める。
 雪鈴は微笑んだ。
「綺麗な花ですね。ありがとうございます。後でソンニョに飾って貰いますね」
 言い終えたその時、扉の向こうで声がした。
「お茶をお持ちしました」
 コンが応えた。
「入ってくれ」
 扉が開き、小卓を抱えたスチョンが入ってきた。急須、湯飲み、眼にも彩な干菓子が小卓に並んでいる。
 スチョンは手慣れた様子で急須から湯飲みにお茶を注ぎ、先に文机に湯飲みを置き、次に雪鈴の前に置いた。
 文机の上には数輪の椿が置かれている。スチョンは椿をそっと持ち上げ、床に置いた。
 いつもなら気を利かしてすぐに退室するのだけれど、今日は出てゆこうとしない。コンが訝しげに問うた。
「どうした、スチョン。何か言いたそうだな」
 乳母が主人の気持ちが判るように、コンもまた母とも慕うスチョンの考えることが判るらしい。
 スチョンが肩をすくめた。
「坊ちゃー」
 言いかけ、スチョンが慌てて言い直した。雪鈴の前では特に気をつけるようにとコンが乳母に言い含めているのを雪鈴は知らない。
「旦那さま、椿を女人に贈るのは止された方が良いですよ」
 コンが眼を丸くした。
「何か理由があるのか?」
 雪鈴は乳母が何を言いたいのか察した。
「スチョン、私なら全然気にしないから」
 やんわりと言ったけれど、スチョンは真顔で続ける。
「椿は縁起が悪いと言って嫌うご婦人も多いんです」
 とうとう言ってしまった。コンは訳が分からないといった風情だ。乳母は物判りの悪い息子を諭す母親のような口調で言う。
「椿が散る際、花ごと落ちるでしょう。ですゆえ、頭が落ちると縁起担ぎで嫌う方も多いとか聞きます」
 コンは憑きものが落ちたような表情で乳母を見ている。
「なるほど」
 スチョンが笑った。
「まあ、ただの迷信といっちゃ迷信ですけどね」
 コンが大真面目に言う。
「良いことを教えてくれたな。これからは気をつけるとしよう」
 雪鈴がとりなすように言った。
「お気持ち、とても嬉しいです。今日、頂いたお花はやはり飾らせて頂きますね」
 スチョンがまた笑った。
「お相手がご理解のある方でよろしかったですね」
 コンもまた愉快そうに笑い、視線を雪鈴に向けた。
「そなたは気が利くというか、優しいな。そういうところがとても好ましい」
 その何げないひと言に、何故か雪鈴は頬が熱くなる。コンはただ雪鈴の気性に好感が持てると言っているだけなのに、まるで〝好きだ〟と言われているような錯覚に陥る。