韓流時代小説 後宮に蝶は舞いて~夫の死後、訊く非常識な義母ー結婚11日で妊娠が判るはずがないのに | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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韓流時代小説 後宮に蝶は舞いて~Everlasting love~【朝鮮烈女伝異聞】

嫁いで四日目に夫を失った少女孫雪鈴(ソン・ソリョン)。夫の死の悲しみも冷めやらぬある日、舅と姑から夫に殉死するように迫られー。

朝鮮王朝時代、夫に先立たれた未亡人は、しばしば婚家から不当に自害を強いられることがあった。いわゆる「烈女」制度が引き起こす悲劇だ。寡婦となった妻は亡き夫に操を立て見事に生命を絶つことが何よりの名誉とされる思想があり、婚家の義両親は、その栄誉を受けたいがために嫁に死を迫ったのだ。

朝鮮王朝中興の祖と民から愛された王、直祖と王を支え続けた賢后・孝慧王后の出逢いから、数々の苦難を経て成婚に至るまでを描く。

  ローダンセ 花言葉ー変わらぬ愛

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 そういえば、祝言の翌朝、雪鈴が寝過ごしてしまい、朝食に間に合わなかった。気を遣ったハソンが朝食を離れに運ばせてくれた。あの日、彼は手ずから粥を掬い、食べさせてくれた。あのときは恥ずかしかったけれど、今となっては切ないほど懐かしい想い出となってしまった。まだ、たった六日前のことなのに、もう百年も昔の出来事のようだ。
 雪鈴は粥を頬張りつつ、涙を流した。明日は一日、ハソンの妻として毅然とふるまわなければならない。空腹のあまり眼を回して倒れたりしたら、これこそ亡き良人に申し訳が立たず、彼の恥になる。
 だから、辛くとも食べて、体力をつけておくのだ。涙を流しながら粥を食べる雪鈴を、アジョンが痛ましげに見守った。

 ハソンの葬儀は無事に終わった。崔家の親戚は朝鮮全土に根を張っている。本家の跡取り息子の葬儀には、全国から親戚たちが駆けつけ、たいそう賑やかな葬儀となった。遠方ゆえ子連れも多く、厳粛な読経の最中、幼い子や嬰児(みどりご)の声が混じるのがかえってもの哀しさをいっそう募らせた。
 弔いが終わり、駆けつけた親戚たちも三々五々帰ってゆく。最後まで残っていたのは義父の従兄で、はるばる都から参列しにきた。彼は議政府では右賛成という要職を務めており、現在では崔家の中で筆頭の出世頭である。
 従兄は倅夫婦を伴っていた。倅は丁度ハソンより数歳年上で、愛嬌のある奥方との間には一男一女を儲けていた。
 この従兄一家がいる間は、子どもの歓声も聞こえ、まだしも救われたのだ。やがて従兄も息子夫婦を連れて都へ戻ると、いよいよ崔家の屋敷は静まり返った。
 雪鈴が義両親に呼ばれたのは、弔いから三日後である。珍しいこともあるものだと思いつつ、雪鈴は母屋に参上した。
 てっきり家族が集って食事をしていた居間に案内されるのかと思いきや、執事は義父の書斎に雪鈴を連れていった。
 葬儀を終え、既に義両親は喪服から平服に着替えている。雪鈴のみが良人の喪中とあり喪服だ。
 居室に入るや、雪鈴は丁重に頭を下げた。
 義父は屏風を背にして紫色の座椅子に座っている。前には文机があり、難しげな漢籍が一冊並んでいた。
 屏風には墨絵の鯉が雄壮に描かれている。目上には相手から話しかけられるまで、話してはならない。雪鈴は義父の背後の鯉を見るともなしに見ていた。
 鯉はよく描かれており、今にも屏風から抜け出してきそうだ。ふとコホンと静寂にわざとらしい咳払いが響いた。義母の催促に、義父が渋面で重い口を開いた。
 一体、この義理の父の笑顔を一度たりとも見たことがあるだろうか。ハソンはいつもやわらかな笑みを刷いていたというのに。
「まったく突然のことで、儂もまだハソンがおらんのが信じられんのだが」
 意外にも義父の口から出たのは、人間みのある言葉だった。
 と、義父の左斜め下に座っていた義母が遮った。
「令監さま(ヨンガンナーリ)。今は感傷に浸っている場合ではありませんでしょう。嫁には訊ねることを先に訊ねなければ」
 雪鈴は愕いて義母を凝視した。まだハソンが突然の死を遂げてから、たったの数日だ。やっと葬儀を終え参列した親戚たちが帰り、本当の家族だけになった。ハソンが心ならずも残して逝かなければならなかった遺族だ。
 その家族が集まり、若くして非業の死を遂げたハソンを懐かしみ、偲ぶのは当然ではないか?
 この義母は、それを感傷だと切り捨てるというのかー。雪鈴の中でプツンと何かが音を立てて壊れた瞬間だった。
 雪鈴とて、我が身の処し方を考えないはずはなかった。これから、どうするか? 考えられる身の振り方は何通りかあった。
 まずは実家に戻ることだ。嘉礼(カレ)を済ませたとはいえ、雪鈴はハソンと褥を共にしたわけではない。まあ、世間に自分が未通だと訴えたところで、信じてくれる人はほぼいないではあろうが。
 それはともかく、嫁してまだ五日という日の短さを考えれば、かえって雪鈴がこのまま婚家にとどまるという方がおかしい。ハソンとの間に子どもでもいればまた話は違う。亡き良人が残した跡取りを立派に育て上げるのが雪鈴の責務となるからだ。
 けれども、子どももいない今、むしろ我が身は崔家の厄介者になるのを避け、実家に出戻るべきだろう。
 二つ目は、崔家に残り、あくまでも嫁、義理の娘として義両親に孝養を尽くすという選択だ。実家の両親がまだ若いのに対し、崔家の義両親は既にどちらも五十を過ぎている。
 盟友とはいえ、義父と実家の父は親子ほども歳が違うのである。一時期、漢陽で同じ学堂に通っていたのが歳の違う父親同士の縁(えにし)の始まりだと聞いている。
 けして若くはない義両親のことは、ハソンの気懸かりでもあったはずだ。たとえ数日間とはいえ、妻、嫁として縁を結んだからには良人が死しても婚家に残って老いてゆく義父母の世話をするーそれが本来の取るべき生き方であると雪鈴は考える。
 その場合、雪鈴のこれからは閉ざされたも同様だ。雪鈴はまだ十六歳。実家に戻れば、出戻りという立場にはなる。父はその一帯ではそれなりに影響力もある両班だから、再嫁という条件がついたとしても、どこかしらまた嫁ぎ先はあるはずだ。
 しかし、婚家に残れば、一生涯、女としての幸せは望めない。それでも、雪鈴は構わないと思っていたのだ。たった数日でも優しく労ってくれたハソン。亡き良人の無念を思えば、彼の代わりに義両親を自分が支えてゆく人生も悪くはないと。
 けれども、時ここに至り、雪鈴は我が身が何と甘かったのだと悟った。少しは良人の死の哀しみを共に分かち合おうとする義父とは異なり、義母はあくまでも雪鈴を眼の敵(かたき)扱いしたいようだ。
 亡き良人には申し訳ないが、ここまで憎まれて雪鈴が何もわざわざ自分の幸福とこれからの人生を犠牲にする必要はない。
 義父が唸った。
「しかし、そなた」
 言いかけた義父には任せておけないと判断したらしい。義母が真っすぐに見つめる。見つめられただけで氷になりそうな視線である。
「単刀直入に訊ねる。雪鈴、そなたは懐妊しておるか?」
「ーえ?」
 流石に雪鈴も二の句が継げなかった。婚儀を挙げてまだ十一日、良人と一緒に過ごしたのは婚礼当日も含めて五日だ。雪鈴はハソンと実質的な夫婦の交わりは無かった。第一、褥を共にして懐妊していたとしても、この段階で懐妊が判るはずもないではないか。