韓流時代小説 後宮に蝶は舞いてー花は雪と散る~雪鈴が最後に思い出したのは夫ではなく実家の庭だった | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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韓流時代小説 後宮に蝶は舞いて~Everlasting love~【朝鮮烈女伝異聞】

嫁いで四日目に夫を失った少女孫雪鈴(ソン・ソリョン)。夫の死の悲しみも冷めやらぬある日、舅と姑から夫に殉死するように迫られー。

朝鮮王朝時代、夫に先立たれた未亡人は、しばしば婚家から不当に自害を強いられることがあった。いわゆる「烈女」制度が引き起こす悲劇だ。寡婦となった妻は亡き夫に操を立て見事に生命を絶つことが何よりの名誉とされる思想があり、婚家の義両親は、その栄誉を受けたいがために嫁に死を迫ったのだ。

朝鮮王朝中興の祖と民から愛された王、直祖と王を支え続けた賢后・孝慧王后の出逢いから、数々の苦難を経て成婚に至るまでを描。

  ローダンセ 花言葉ー変わらぬ愛

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 不思議なことに、義両親は良人のために死ねと迫っているのに、雪鈴自身は亡くなった良人が自分の死を望んでいるとは思えないのだった。
 良人は息を引き取る直前、雪鈴に実家に戻れと言った。彼が新妻の死を望むとは思えず、また生前、殆ど知ることはできなかった良人ではあれども、彼のあの優しさからすれば、やはり雪鈴を生かそうとするのではないか。
 それとも、これは都合の良い手前勝手な思い込みにすぎないだろうか。
 既に彼岸に渡った彼は、やはり一人では淋しいからと新妻も共にあることを望むだろうか。
 とりとめもない考えに浸っていられる中はまだ良かった。ほどなく、雪鈴は自分が最早取り返しがつかないところまで追い詰められたのを知った。セサリ村の背後にそびえる山はかなりの高さだ。真冬には山から吹き下ろす風のせいで、この辺りは豪雪と寒さに見舞われる。
 山深くに逃げ込めば、追っ手にも見つかるまいと思ったのが甘かった。義両親は屋敷の下男たちだけでは心許ないと思ったものか、追っ手の玄人(プロ)を雇ったのだ。
 今、雪鈴はけして追いつかれまいと信じていた山奥で追い詰められ、しかも眼前には鋭く切り立った崖が迫っている。あと数歩進めば、我が身は真っ逆さまに下を流れる谷川に墜落するだろう。
 ご丁寧に犬まで連れているのか、キャンキャンと耳障りな鳴き声が聞こえてくる。
 ついに、追っ手の男たちの姿が見えるほど近づいた。追っ手は総勢六人、その中の四人は見憶えがあるから、崔家の下僕だろう。残りの二人が雇われた者たちに違いない。
 先頭に立つ見知らぬ二人の中の一人が見せつけるように、クルクルと短刀を手のひらで回した。
「さんざん手間かけさせやがったな、若奥さま
 侮蔑するような声、視線に、雪鈴はキッと相手を見据えた。こんな手合いに愚弄されるいわれはない。
「無抵抗な女に男数人とは、恥を知れ」
 と、傍らの男が腹を抱えて笑い出した。
「えらい気の強い女だな。これだけの器量と若さで、みすみす殺すのか? あんたを置いて死んだ亭主もさぞ心残りだったろうよ」
 おい、と、彼は相棒に言った。
「殺す前に俺らで味見しても罰(ばち)は当たらねえだろ」
 相方がいささか大仰とも思える仕草で肩をすくめる。
「止めとけ。俺らは既に依頼主から仕事料を前金で貰ってる。気の毒だが、この若奥さまには崔家の旦那の命令通り、死んで貰わなきゃならんのだ」
 雪鈴の眼に熱い雫が滲むも、彼女は意思の力で泣くまいとした。金を使ってでも、嫁を殺そうとする鬼のような義両親、ここで泣いては義両親の思うツボのような気がした。
 また、蔑みの眼を向けるこの男たちにも、意地でも涙を見せるつもりはなかった。
 最初の男が言った。
「ここで俺たちに切り刻まれるのが良いか。それとも、ここから飛び降りるか、俺は情け深いから、この世の名残に、せめてそれくらいは選ばせてやるさ」
 傍らの男が続けた。
「どうする? 思い切って飛び込んじまった方が楽に逝けるぜ? そうしたら、大人しく俺らに刺し殺されたってことにしてやるからさ」
 雪鈴は滲んできた涙をまた、またたきで散らした。本当に涙ひと粒も見せる価値のない奴らだ。
 背後を見やれば、五歩先はただ何も無い空間がひろがっているだけだ。それでも。
 この卑劣漢たちに滅多刺しにされて苦痛にのたうち回りながら死ぬよりは、ここから飛び降りた方がはるかにマシだ。
 寸前、崖の最先端に名も無き野花が咲いているのがチラリと視界に入る。小さな白い花を咲かせているものもあれば、既に枯れて茶色く変色しているものもある。残った茎に霜柱がついて、氷の花が咲いている。本当に花が咲いているわけではないが、氷の結晶が粒となって枯れた茎について花のように見えるのだ。
 そういえばと、雪鈴は思い出す。
 幼い頃、乳母と共にままごとをして遊んだ孫家の庭には、シモバシラの花が咲いていた。
 シモバシラは氷ではない。秋頃に咲く、穂状の白い花であり、その外観が冬にできる霜柱に似ているので、同じ名で呼ばれている。
ーああ、叶うなら、もう一度、我が家のあの可憐なシモバシラの花を見たかった。
 この間、ほんの少し立ち寄ったときは季節外れで、シモバシラの花を見ることはできなかった。 
 彼女が最後の瞬間に見たのは、良人の顔ではなく、十六年間、慣れ親しんだ故郷で咲く、白い可憐な花だった。 
 雪鈴は小走りに進み、えいっと身を躍らせた。彼女の小さな身体はあたかも鞠が飛ぶように落下し、深い谷底でかすかな水音が聞こえた。
 男たちの後ろに控えた下僕たちは一様に痛ましげな顔で、顔を見合わせている。
 ここまで主命で追跡してきたものの、わずか十六歳の若嫁を惨殺するには忍びなかった連中だ。
 雇われた殺し屋二人は崖の際までゆき、下を覗き込んだ。
 谷底を流れる川は、はるか下方にあり、ここからでは水面を見ることさえ叶わない。二人は互いに目配せし合った。
「これだけの高さがあれば、まず助かる見込みはねえ」