韓流時代小説 月下に花はひらくー氷のように微笑んで~罪なき幼い命を奪った罪が許されるはずがないー | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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☆☆連載☆☆韓流時代小説  名もなき花~月下に花はひらく 

第3話

 ある日、光王と香花が暮らす町に旅芝居の芸人一座が町にやってきた。一座の幼い少年たちと知り合いになる。その幼い少年が同性愛好者の貴族にさらわれ。。

 

☆これまでのお話☆

香花(ヒャンファ)は14歳。
早くに母を失い、下級官吏だったた優しい父と二人暮らしであったが、その父も病気で失った。

かつては名門として栄えたキム家であったが、今は没落の一途を辿るどろこか、香花に婿が見つからなければ、断絶になってしまう。
香花は没落した実家を建て直すため、高官の屋敷に奉公に出ることになった。 上流貴族の子どもの家庭教師として住み込みで働くことになったのだ。

だが、やがて、その屋敷の主人に惹かれ、恋に落ちる。。。
しかし、相手は愛妻を失い、いまだに忘れられず、二人も子どものいる男であった。
やがて、その男が怖ろしい国を揺るがす陰謀に荷担していることを知る香花。 それでもなお男を信じようとする彼女の前に、光王(カンワン)と名乗る美貌の義賊が現れる―。

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「これは、父の形見なんだ」
「まあ、そうなの」
 香花は眼を見開いて、景福が差し出した手のひらを見つめる。
 曲玉を象った翡翠は深い緑の輝きを放っている。香花も女だから、装飾品の類に興味はある。
「綺麗」
 見惚れていると、景福の静かな声音が聞こえてきた。
「亡くなった父さんが母さんに贈ったものなんだ。結婚を申し込んで母さんが承諾した時、記念に贈ったんだって。何でも、そのときに父さんが持っていた全財産をはたいたみたいだ。死ぬ覚悟で買ったものらしいって、母さんが笑いながら話してたよ」
「素敵な話ね」
 恋い慕う男から想いを打ち明けられ、求婚される。その際にこんな綺麗な首飾りを贈られるなんて、考えただけでも溜息が出てしまう。
 そこで何故か、ふっと光王の顔がよぎり、香花は慌てて首を振った。
 香花がうっとりとしていると、景福は笑った。
「父さんが亡くなった時、母さんがこれからは僕が代わりにこの形見をお守り代わりに持てと託されたんだ」
 景福が首飾りを元に戻し、空を仰ぐ。
「父さんが急に亡くなった時、昌福はまだ、たったの五歳だった。だから、凄く淋しがってね。それまでもよく僕にまとわりついていたけれど、いっそう懐いて後ばかり追いかけてくるようになった」
 ふいに声が途切れ、低い嗚咽が洩れた。
 香花がハッとすると、景福が両手で顔を覆っていた。指と指の隙間から、流れ落ちる涙の雫が見えた。
「父さんは幼い昌福には優しかったけれど、僕には厳しく芸を仕込んだんだ」
 景福が涙混じりの声で言った。
 景福のナイフ投げは父親が最も得意としていたものだった。彼は父親から直伝で教わったのだ。今はまるで魔法のようにナイフを自在に操れる景福だが、始めたばかりの数年前はまだろくにナイフを扱うことすらできなかった。
 もう僕にはできない、やりたくないと途中で駄々をこねた景福を、父親は殴った。
―甘えるなッ、芸人の子が芸をできなくて、どうやって生きてくっていうんだ?
 それでも〝やりたくない〟と頑なに首を振り続ける景福の頬をもう一発父親が殴ろうとした時、その脚に昌福が縋りついたのだ。
―父ちゃん、止めて。兄ちゃんは一生懸命やってるんだ。
 当時、景福は八歳、昌福は三つになったばかりだった。
―どきなさい。
 顔をしかめる父親にも怯まず、昌福は父の脚に懸命にしがみつき、ついには父親も折れて、その場は事無きを得た。
「その時、僕は思ったよ。これから先、どんなことがあっても、僕が昌福を守ってやろうって」
 景福は涙ながらに続けた。
「なのに、僕は昌福を守ってやれず、酷い死なせ方をしてしまった。香花、何故、昌福が死ななければならなかったんだろう?。あの子がどんな罪を犯したからといって、あそこまでひどい目に遭わなければならなかったんだ?」
 景福が堪りかねたように号泣した。
「景福―」
 香花は何もかけるべき言葉を持たなかった。こんな時、何を言ったとしても、景福の哀しみを癒やせはしないと判っていたからだ。
 香花は景福の手から洗濯物の入った籠を受け取り、そっとその手を取った。十三歳の景福の手は既に十五歳の香花より大きい。その右手を香花は自分の手で包み込み、もう一方の手であやすように優しく撫でた。
 どれくらい経ったのか、泣き止んだ景福は恥ずかしげに眼を伏せ、香花の手から自分の手を引き抜いた。
「ごめん、格好悪いところを見せちゃったね」
 香花は微笑んだ。
「そんなことないわよ。誰だって、哀しいときはあるもの。泣きたいときは、気が済むまで泣いた方が良いの」
「―うん、ありがとう」
 景福は眼をこすりながら、はにかんだように笑った。そうやって笑うと普段は大人びた顔が年相応の少年らしく見えた。
 それからほどなく、景福は、その朝、取れたばかりの新鮮な卵を土産に町へと帰っていった。

 月もない闇夜の底に、ひそやかな脚音が響く。いや、常人では到底聞き取れないほど、その男は物音を立ててはいない。
 闇色の頭巾にすっぽりと頭を包み、脚の爪先まで全身黒ずくめの衣裳を着た男は、あたかも闇が凝って人の形を取ったように見える。わずかに頭巾からかいま見える眼許から、男がかなりの美男であることは判るが、冷え冷えとした光を放つ双眸は、まるで自ら感情を放棄したかのような冷徹さを漂わせる。
 男は今、町の一角にある両班宋与徹の屋敷にいた。もっと詳しくいえば、与徹の寝所である。
 真夜中過ぎとて、屋敷は静まり返り、皆誰もが深い眠りの底にたゆたっている。
 贅沢な絹の夜具で肥え太った与徹が眠っている。だらしなく緩んだ口許からは唾液が滴り、到底、見られたものではない。のっぺりとした白すぎる膚はいかにも不健康そうで、口許だけ濃すぎる髭がどこか滑稽だ。
 男が熟睡している与徹のたるんだ頬を長剣の切っ先でつつく。涎を垂らして眠りこけている与徹はなかなか気付かないが、漸く何度目かに眼を覚ました。
 自分の頬に刃が突きつけられているのを知り、与徹が細い眼を一杯に見開く。ヒと悲鳴が洩れた。
 与徹の傍で眠っているのは、与徹寵愛の男妾である。こちらもろくに陽にも当たらず酒ばかり呑んでいるせいか、膚が異様に白んでいる。まだ、せいぜい十七、八ほどの歳であろう。
 与徹が悲鳴を上げたせいで、男妾が眼を覚ました。こちらも騒ごうとするのを黒装束の男が鋭い一瞥をくれた。
「お前の生命まで取る気はない、とっとと失せろ」