韓流時代小説 月下に花はひらく~復讐の棘ー俺はあの無垢な少女と再婚し第二の人生を生きてみたいのに | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

Every day is  a new day.
一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
小説がメイン(のつもり)ですが、そのほかにもお好みの記事があれば嬉しいです。どうぞごゆっくりご覧下さいませ。

☆☆新連載☆☆韓流時代小説  月下に花はひらく

 

香花(ヒャンファ)は14歳。
早くに母を失い、下級官吏だったた優しい父と二人暮らしであったが、その父も病気で失った。

かつては名門として栄えたキム家であったが、今は没落の一途を辿るどろこか、香花に婿が見つからなければ、断絶になってしまう。
香花は没落した実家を建て直すため、高官の屋敷に奉公に出ることになった。 上流貴族の子どもの家庭教師として住み込みで働くことになったのだ。

だが、やがて、その屋敷の主人に惹かれ、恋に落ちる。。。
しかし、相手は愛妻を失い、いまだに忘れられず、二人も子どものいる男であった。
やがて、その男が怖ろしい国を揺るがす陰謀に荷担していることを知る香花。 それでもなお男を信じようとする彼女の前に、光王(カンワン)と名乗る美貌の義賊が現れる―。

***************************

 

   小さな星型の花が無数に集まって毬のような形をした花が幾つも重たげに付いているのは、見事としか言いようがない。その幾つもの大ぶりの花をつけた緑の繁みの傍ら、更にひとまわり小さな繁みがこんもりと並んでいた。
 これも紫陽花であることに変わりはないのだが、崔家では昔からこの紫陽花を〝幻の花〟と呼んできた。非常に珍しい希少種なのだというが、彼の記憶にある限り、この繁みが花をつけたのを見たのは、ただの一度きりしかない。
 つまり、滅多に咲かないから、幻の花ということなのだろう。正式な名前はもちろんあるのだろうが、少なくとも彼も彼の両親も、その名前を知らなかった。
 ふいに、林明の興奮した声が響き渡り、彼の夢想を破った。
「先生、この花は、幻の花っていうんだ」
 得意気に披露する林明を、香花は微笑んで見つめている。
「幻の花?」
 香花は興味を引かれたらしく、黒い冴え冴えとした瞳をきらめかせていた。
「うん、父上がそう教えて下さったんだ」
 傍から桃華が引き取る。
「何でも滅多に咲かない花なんだそうです」
「そういえば、こっちの紫陽花はこんなに綺麗に咲いているのに、〝幻の花〟の方は全然、蕾すら付けてないものね」
 香花が二つ並んだ紫陽花の樹を代わる代わる眺めている。
「それにしても、〝幻の花〟なんて、珍しい名前」
 香花が誰ともなしに呟くと、桃華が応えた。
「本当の名前じゃないのよ、先生。〝幻の花〟というのは、崔家の誰か―この紫陽花をここに植えた人が付けた仮の名前らしいわ。きっと、その人もこの紫陽花の真の名を知らなかったんだと思うわ」
「不思議な花ねえ」
 香花は小首を傾げながら、興味深げに〝幻の花〟を見つめていた。
 思わず微笑まずにはいられない光景だった。ああして見ると、やはり、香花と子どもたちは家庭教師と生徒というよりは、姉と弟妹に見える。
 香花ならば、桃華と林明の良き母となってくれるだろう。そこまで考えて、明善は緩くかぶりを振った。
 馬鹿な。一体、何を考えているのだ、私は。
 あの娘はまだ十四だ。自分とはひと回り以上も歳が離れ、下手をすれば、親子ほどの差だ。あのように幼い少女を妻に迎えたいなどと、頭がどうかしてしまったに違いない。
―この年でこれほどなのだ、あと数年経てば、いかほど美しく花開くか。このようなまだ開かぬ蕾をたっぷりと可愛がり、女として開花させるのもまた男としては一興というものだぞ。
 数日前、左議政陳相成が突如として屋敷を訪ねてきた。むろん、内密の訪問である。
 あの時、茶菓を運んできた香花をひとめ見て、相成は香花を側妾にしたいと所望してきた。相成の言葉が今、耳奥で甦る。
 確かに、香花は可憐な美少女だ。好き者の相成が食指を動かすだけでなく、自分のような朴念仁でさえもがあの黒曜石のような瞳に魅了されずにはいられない。
 もしかしたら、香花とならば、もう一度、人生をやり直せるかもしれない。いや、彼女と同じ屋根の下に暮らし始めてまだふた月にもならないが、もうずっと昔から一緒に暮らしていたような気がしてならない。
 彼女が来てからというもの、屋敷の中の雰囲気が変わった。重たく沈んでいた空気が生き生きと甦り、子どもたちの笑い声がよく響くようになった。それは、淀んでいた部屋に真新しい風が吹き込んできたかのようであった。
 明善自身は香花に強く惹かれていた。叶うならば、あの少女と新しい人生を歩んでいきたいと思う。だが、明善にはまだ、やり遂げなければならないことがあった。復讐を諦め、香花と二人で新しい道を歩む方が恐らくは、はるかに健全で正しいのだろう。
 だが、明善にはどうしても途中で止められない。
 私の―、私のために死なせてしまった春(チユン)華(ファ)のためにも。
 明善は強く強く拳を握りしめる。
 あの日の屈辱と哀しみを思い起こす度に、彼は声を上げて叫び出したい衝動に駆られるのだ。
 四年前、相成の屋敷から遣わされた迎えの輿に乗ったときの妻の表情を。すべてを諦めたかのように澄んだ瞳には哀しみの涙が滲んでいた。自分はあの瞬間、春華を相成に売ったのだ。ただ自分の保身を図る、それだけのために。
 明善が物想いから我に返った時、既に香花と子どもたちの姿は庭になかった。
 久しぶりの雨で、萎れがちだった紫陽花も生き返ったように甦った。海色に染め上げられた紫陽花が殺風景な庭を見事に飾っている。
 明善は溜息をついて、そっと扉を閉める。
 何より、自分のような男は香花にはふさわしくない。
 自分は他人が思っているような情け深い男ではない。自分の身を守るためには平然と妻ですら見殺しにする冷徹な男なのだ。
 香花は聡明で、心優しい娘だ。彼女であれば、何も自分のような暗い過去を持つ男でなく、一点の翳りもない前途有望な若者がいつか現れるだろう。そのような男こそ、香花にはふわさしい。
 香花を心から愛おしいと思うからこそ、明善は敢えて彼女の想いを受け取らないつもりだった。
 もう、愛する女を哀しませ、不幸にするのは金輪際ご免だ。
 明善は座椅子に座り込み、かなり長い間、物想いに耽った。