韓流時代小説 月下に花はひらく~女官は哀しき宿命ー王のために咲いて散り後宮という鳥籠から出られぬ | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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☆☆新連載☆☆韓流時代小説  月下に花はひらく

 

 香花(ヒャンファ)は14歳。
早くに母を失い、下級官吏だったた優しい父と二人暮らしであったが、その父も病気で失った。
 
 かつては名門として栄えたキム家であったが、今は没落の一途を辿るどろこか、香花に婿が見つからなければ、断絶になってしまう。 
 香花は没落した実家を建て直すため、高官の屋敷に奉公に出ることになった。上流貴族の子どもの家庭教師として住み込みで働くことになったのだ。

 だが、やがて、その屋敷の主人に惹かれ、恋に落ちる。。。
 しかし、相手は愛妻を失い、いまだに忘れられず、二人も子どものいる男であった。
 やがて、その男が怖ろしい国を揺るがす陰謀に荷担していることを知る香花。それでもなお男を信じようとする彼女の前に、光王(カンワン)と名乗る美貌の義賊が現れる―。

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 何故だろう、明善の口から亡くなった夫人の話を聞きたくないと思う自分がここにいる。
「旦那さま、張先生が天主教徒だなどと知る人は誰もいません」
 もしかしたら、亡くなった父はそのことを知っていたのかもしれないが、そのようなことをたとえ娘にといえども軽々しく喋る父ではなかった。
 天主教徒であることは、即ちこの国では死を意味する。禁忌とされている宗教に入信すれば、そうなるのは当然のことだ。
「さもありなん。高名な需学者として名を馳せている先生がまさか平等を説く異端の教えを誰よりも信奉しているなどと思うはずがない」
 儒教の基本は徹底した身分の上下の区別である。だからこそ、王や両班が我が物顔で幅をきかせるこの国で儒教が重んじられてきたのだ。
「金先生は誰にも他言するはずがないと判っているから、口にしたまでのこと」
 と、明善は平然と言った。
 言えない、言うはずがなかった。張峻烈は亡き父とも親しく、叔母夫婦はいまだに家族ぐるみで付き合っているのだ。そんな身近な人が異端の教えに染まっているなどと、どうして言えるだろう。
「それでは、張先生が儒学を説いておられるのは、天主教徒であることを知られぬための隠れ蓑だと?」
 しかし、明善はその質問には応えてくれなかった。が、否定は何よりの肯定にも思える。
「この話は早くに忘れてしまった方が良い、これは私のためでもなく張先生のためでもない。金先生、あなたのためだ」
 下手に拘わり合いになったり、首を突っ込んだりしない方が良いと忠告しているのだ。
「旦那さま、その先生とお呼びになるのは止めて下さい」
 消え入るような声で呟いた香花の耳に、残念なことに、明善の囁きは届かなかった。
「私は何ゆえ、彼の神の教えに心惹かれながらも、まさにそれとは対極の生き方を―権力に縋り、恨みを抱(いだ)いて生きようとするのだろうか」
 明善は思案に耽るように宙の一点を見つめている。既にその心にも眼にも香花は映ってはいない。
 今、この男(ひと)は何を見て、考えているの?
 人は皆、平等だという異国の神の教えに想いを馳せているのだろうか、それとも、その教えを信奉していたという亡き夫人のこと?
 この男の心を覗いてみたい。何を考えているのか、知りたい。そう思ってしまうのは、どうして?
 この頃、自分はおかしい。夜、与えられた部屋で一人本を読んでいても、瞼に浮かぶのは明善の深いまなざしや優しげな声ばかりだ。
 香花は、自分がとてももどかしかった。多分、明善の眼には自分は家庭教師というよりは、彼の二人の子どもたちと変わらない子どもに見えているに違いない。
 三十歳の明善に比べて、香花はまだ十四歳だ。その年の差が、今はただ恨めしい。
 言いようのない淋しさが湧き上がる。香花は立ち上がると、一礼し、静かに部屋を出た。廊下からは広い庭が一望できる。半月前、初めて見た日はまだ白っぽかった紫陽花のひと群れは既にうっすらと蒼く色づいていた。

    縁(えにし)~もう一つの出逢い~

 その翌日の朝、子どもたちの室では香花の声が響いていた。
「それでは、今日は、いつもと違う詩を読んでみたいと思います」
 前置きしてから、読み始める。いつも漢字の隙間なく並ぶ難しげな書物ばかりなので、たまにはこんなのも良いかと思ったのだ。
 読み終えたところで、早速、姉の桃華から質問が飛んでくる。こういった点は、桃華はとても勉強熱心である。
 最初は与えられる質問に応えるだけであった桃華だが、今は少し変化が見られているのだ。興味を引かれたり疑問に感じた事柄があれば、自分の方から積極的に問いかけてくる。
 相変わらず学問の時間以外には言葉を交わすこともないけれど、これだけでも、まずは進歩だといえるだろう。
「先生、その詩では女官を花と鳥に喩えています。何故ですか?」
 香花は微笑んだ。
「とても良い質問ですね。お嬢さん(アツシー)、何故、女官を花や鳥に喩えるか、それを知ることはとても大切です」
 と、桃華が黒い大きな瞳を輝かせた。
「先生、それは、女官が国王殿下のただお一人のものであるということからきているのですか」
 香花は頷いた。
「そのとおりです。女官は昔から〝人知れず咲いて散る花〟と詩に歌われました。今日、紹介した詩には更に女官を飛べない鳥として歌っています。桃華さまも林明さまも考えてみて下さい。人に見られることもなく、ひっそりと花開き、誰にもその美しさを賞められもせず散る花。折角空飛ぶ翼を持って生まれながらも、狭い鳥籠に閉じ込められ、一生涯、大空を飛ぶことを許されない鳥。どちらもその運命の哀れさは言葉には言い尽くせないほどではありませんか? この詩はそうした花や鳥の哀れさに女官の宿命を重ね合わせたものなのです」
「先生、何故、女官は国王殿下にそこまでしなければならないのでしょうか?」
 桃華の問いに、香花は言葉に窮した。
 その応えは簡単だ。国王はこの国では至高の存在であり、最も敬われるべきだからで、国王の下に両班と呼ばれる貴族階級があり、更にその下に庶民と続く。庶民にも平民と賤民と呼ばれる最下層の民と更に細かく分類され、人は生まれる前からその身分差に一生縛られて生きてゆく。国王の子はどこまでも王族であり、賤民の子は一生涯、奴婢という身分から抜け出せない。