韓流時代小説 月下に花はひらく〜花はほのかに色づくー父と同じ歳の男を好きになった香花の心は切なく | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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☆☆新連載☆☆韓流時代小説  月下に花はひらく

 

 香花(ヒャンファ)は14歳。
早くに母を失い、下級官吏だったた優しい父と二人暮らしであったが、その父も病気で失った。
 
 かつては名門として栄えたキム家であったが、今は没落の一途を辿るどろこか、香花に婿が見つからなければ、断絶になってしまう。 
 香花は没落した実家を建て直すため、高官の屋敷に奉公に出ることになった。上流貴族の子どもの家庭教師として住み込みで働くことになったのだ。

 だが、やがて、その屋敷の主人に惹かれ、恋に落ちる。。。
 しかし、相手は愛妻を失い、いまだに忘れられず、二人も子どものいる男であった。
 やがて、その男が怖ろしい国を揺るがす陰謀に荷担していることを知る香花。それでもなお男を信じようとする彼女の前に、光王(カンワン)と名乗る美貌の義賊が現れる―。

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 元々、早くに母を亡くした金家では、香花が一人で家事をこなしていた。父の給料だけでは何人もの使用人を雇うのは土台無理で、使用人の数でいえば金家も崔家も似たようなものだった。殊に父が亡くなってからは、すべての使用人に暇を出し、一人暮らしだったのだ。
 むろん、時折様子を見に来る叔母は、
―両班の娘が使用人の一人もいない屋敷で暮らすのは体裁も悪いし、第一、物騒だ。
 と、かなり機嫌が悪かったけれど。
 ゆえに、香花は家事をするのは手慣れたもので、特に抵抗はない。
「もう少し人手があったら良いのだが、林明が新しい使用人を入れるのを嫌うのでね。先生には苦労をかける」
 息子の名が出て思い出したというように、明善は問うてくる。
「先生、うちの息子は、どうかな? 少しは慣れたであろうか」
 初対面から既に半月を経てもなお、林明はいっかな香花に慣れてくれない。目下のところ、それが悩みの種である。上の桃華の方は一見、隔てなくふるまっているようにも見えるが、やはり姉は姉で心から香花に懐いているわけでもない。見えない垣とでもいえば良いのか、何か一線を隔てているように見える。
 弟の林明の方はといえば、こちらは話にならない。いまだに桃華の後ろに隠れ、身を縮こめている。
 まだ漸く半月ゆえ、焦ってはならないと自分に言い聞かせてはいるものの、いまだに二人とろくに私語さえ交わせない状況では、先が思いやられる。ソンジョルをよく手伝っているので、重宝がられてはいるけれど、自分はここに女中として来たわけではない。
 第一、香花にも両班の娘としての誇りはある。女中として雇われるのなら、奉公する気にはならなかっただろう。
 毎日、午前中は勉学の時間に充てられていて、香花は二人と机を向かい合わせて指南はしているが、今のところは一方通行、香花一人だけが喋り、説明するだけだ。桃華は素読はするし、問えば応えるが、勉学の問いかけ以外にはけして口を開かない。
 香花が物憂げに沈んでいるのを見た明善はすべてを知っているのか、優しい声音で言った。
「どうも、うちの子どもたちは先生を困らせているようだ。折角、得難い方に来て頂いたのに、勿体ない。私の方からもよく言い聞かせておきますよ」
 その時、香花は、ふと明善に問うてみたい想いに駆られた。
「旦那さま、一つだけお伺いしてもよろしいですか?」
 眼を見開く明善に、香花は真摯な眼を向けた。
「旦那さまは私の父の話を先刻なさいましたが、私の父は皆から変わり者だと言われていました。私をご当家に推薦してくれた叔母でさえ、父が私に学問をさせることには眉を顰めていたのです。今の時代、女に学問など必要ないと誰もが口を揃えて言いました。女は〝内訓〟を読み、婦女子としての心得を修めれば十分、何もわざわざ難しい書物を読んだりする必要はないと。かえって女が物を識りすぎるのは生意気になり、良き妻、母にはなれぬ因(もと)と誹られさえしたのです」
 香花は少し躊躇った後、続けた。
「旦那さまは、どのように思われますか? やはり、女が学問をすることは良くないと思し召しますか?」
 崔家の長女桃華はいずれ他家に嫁す身である。その娘にも嫡男である林明と共に学ばせていることを思えば、明善の教育方針は自ずと察せられる。しかし、香花は問うてみたい衝動には勝てなかった。
 わずかな沈黙が落ちた。やはり、このような話題は生意気すぎたろうか。香花が口にしたことを後悔し始めた時、明善が静かに言った。
「流石は金先生だ。随分と難しいことを考えるのだね」
 明善はつと立ち上がると、背後の棚の開き戸を開け、何やら取り出してくる。
 香花は眼を瞠った。明善が文机の前に置いたそれが何なのか判らない。
 まん丸い、まさに毬のような球体は赤児の頭くらいの大きさだ。球体に脚がついており、その土台で全体を支えている。毬のようになった部分には精緻な絵図が描かれていた。
「これは―地図ですか?」
 何事にも好奇心旺盛な香花は眼を輝かせて見入る。その丸い物体に描かれた絵図には記憶があった。いつか一度だけ父が見せてくれた地図に似ている。
「そのとおりだ。これは地球儀といって、地図を更に大きくしたものとでも言えばよいかな」
「地図―を、更に大きくしたもの?」
 思わず声が上ずってしまう。それほど知的好奇心を刺激されてやまない。
 香花が興味を持ったのに満足した面持ちで、明善は大きく頷く。
「私たちが棲んでいる地球は、こんな風に丸い形をしているんだ」
「地球? 地球に私たちが棲んでいる?」
 明善の言葉は何もかもが訳の判らないことばかりで、まるで異国の見知らぬ呪文を聞いているようだ。言葉一つ一つは辛うじて理解できても、繋げ合わせようとすると、まるで意味をなさなくなってしまう。
 途方に暮れている香花を見、明善は少し笑った。
「こちらへ」
 手招きされ、香花は明善に近づく。
 明善は文机の上の地球儀を手のひらでくるくると回した。
「まず、地球はこのようにまん丸で、いつもこうして回っている。今、丁度、私が手で回しているようにね」
 ますます理解不能だ。明善は頷き、球体を回していた手を止めた。
「ここを見てごらん」
 明善の骨太の長い指がピタリと指し当てた場所を見つめる。
「これが朝鮮。この地球儀には様々な国が描かれている。まずは、ここから始めよう」