韓流時代小説 罠wana*姑は第二子妊娠中ー妓生のファッションに憧れていたの。やりたかったのよ | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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連載292回 韓流時代小説 罠wana*秘された王子と麗しの姫

君に、出逢えた奇跡。俺は、この愛を貫いてみせる~ 

第二部 第四話「扶郎花」【後編】

名曲「荒城渡」からインスピレーションを得た最終話(ただし、本作の内容は「陳情令」との関連はなく、あくまでも、曲のイメージを作者なりに物語りで表現したものです)

チュソンとジアンを見舞う新たな試練とは?
哀しい別離を経て、二人が見つけた明日への「希望」とは何なのかー。

☆シリーズ最終話となる本作では、チュソンとジアンの主人公カップルの愛のゆくえだけでなく、「大人の愛」、「家族の愛」、「親子の愛」を描き出すことを目標とした。単なる恋愛だけが「愛」ではない。男女の恋愛を超えた、その先にある「大きな愛」がテーマの物語にしてみたいという気持ちで書いた。☆

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 途中、ジアンは無意識の中に手を止め、あらぬ方を凝視(みつ)めていた。
ー万が一、義母上さまの御身に何かあったらー。
 不安がどす黒く胸を染める。そこで、自分を叱責した。
 何を不吉なことを考えているのだ。ヨンオクをこの家に迎えて以来、チュソンとジアンはできるだけ義母が快適に暮らせるように心を砕いた。ジアンは弱ったヨンオクに少しでも体力をつけるように食事にも気を配り、ただじっと寝ているだけではかえって身体に悪いからと、毎日、義母に付き添って短時間の散歩にも出掛けた。
 ジアンの献身的な世話のお陰で、弱っていたヨンオクは少しずつ健康を取り戻していったのだ。けれども、さしものジアンにも、出産に関してはだけは手をこまねくしかなかった。
 医学的知識があるとはいえ、ジアンは医者でも産婆でもない。ましてや男の我が身には、出産のことは皆目判らない。
 チュソンは昼間は店に出ていることが多いため、必然的にジアンがヨンオクの傍にいることになる。この家は店舗と住居が続いているため、今もチュソンは眼と鼻の先で仕事をしているはずだ。
 チュソンはチュソンでヨンオクの出産については、心を痛めているのは判っていた。二人ともに口には出さないけれど、ヨンオクが産気づくのが一日延ばしになればなるほど、心に募る不安も同様に膨らんできている。
 チュソンにせよジアンにせよ、不自然なほど出産についての不安は口にしなかった。多分、話してしまえば、不安が現実になるのではないか。そんな愚かな妄想を二人とも抱いているからだ。
 黙っていることで、胸に兆した不安が現実化しないーと、あるはずもないことをチュソンもまた考えているに相違なかった。
 チュソンと夫婦になって丸二年、ジアンはいちいち口に出さずとも良人の心が少しは読めるほどにはなっていた。そして恐らく、チュソンもジアンと同じだろうという確信があった。

 三日後、ジアンとヨンオクは連れだって町に出掛けた。
 今は三日前の例の化粧の話で大いに盛り上がっているところである。
 ヨンオクが堪えきれないといったように笑い出した。
「あのときのチュソンの表情ったら」
 つられて、ジアンも吹き出した。
「そうですね。私も連れ添って二年になりますけど、旦那さまがあんなに愕いたのを見るのは初めてです」
 あの日、ヨンオクは夕飯時まで眠り続け、チュソンが店を閉めて奥に戻ってきてから、三人でいつものように小卓を囲んだのだ。
 ジアンが甲斐甲斐しく木茶碗に麦飯をよそう傍らで、ヨンオクはまるで父親の帰宅を待ちかねた幼い娘のように、チュソンにその日のあれこれを話して聞かせた。
 最近、ヨンオクとチュソンを見ていると、立場がまるで逆ではないかと感じることはしばしばだ。頼もしく成長した息子を、ヨンオクは心から誇りに思い頼りにしているのも判った。
 チュソンはチュソンで、これまで親孝行できなかった分を取り戻そうとでもいうかのように、ヨンオクの話にいちいち耳を傾け優しく相槌を打っている。微笑ましい母子の姿がそこにあった。
 三度の食事は家族全員で取るが、チュソンは当主ということで、一人で一つの小卓を使う。ヨンオクとジアンの女二人は義母と嫁で一つの小卓を使った。これは、どこの両班家でも常識のことだ。
 あの時、チュソンはヨンオクが妓生の髪型を所望したと聞き、絶句した。
ー母上が廓の女のー。
 誓っておくが、チュソンは身分や立場で人を区別するような男ではない。むしろ、朝鮮の身分制度についてはジアンと同じで懐疑的だ。その意味でも、二人は話が合った。
 チュソンの話では、ヨンオクは彼の幼時から躾には厳しかったそうだ。常に名門の子息にふわさしい品位と立ち居振る舞いを求められ、チュソンが少しでも逸脱する度に、ヨンオクは幼い息子に落胆した。
 チュソンの意識には、その頃の母の姿がしっかりすり込まれているに違いない。そんな母が妓生を真似てみたいと言い出すとは、息子としては俄に信じられないとしても致し方なかった。
 茫然としているチュソンに、ジアンが取りなすように口を添えた。
ーお義母さまも女人ですもの。やはり、好奇心はおありですよ。
 うっかり〝憧れ〟と言おうとして、慌てて言い直したのだ。流石に人が変わったかのように鷹揚になったヨンオクも、両班家の奥方が妓生に憧れると言われては、良い顔はしなかったはずだ。咄嗟に言い繕えて助かった。
 どれだけ高貴な女性だとしても、華やかな妓生の服装(ファツシヨン)に心のどこかで憧れに近いものを持っていたとしても、不思議はない。女性ではないけれど、化粧師として多くの女性客に接してきたジアンにはヨンオクの心情はよく理解できた。
 ジアンは笑いながら言った。
「旦那さまにも、お義母さまの艶姿をお見せしたかったですわ」
 ヨンオクも負けずに声を上げて笑う。
「そんなことをしようものなら、あの子は眼を回して気絶してしまったかもしれなくてよ」
「それは少し困りますね」
 ジアンはヨンオクと顔を見合わせて笑った。
 この町はジアンたちが暮らしていたタナン村の隣町と似ている。町の規模も賑わいもほぼ遜色ない。今も目抜き通りの両脇には露店がひしめき、大勢の人が行き交っている。
 ジアンは並んだヨンオクを守るように自らが雑踏に近い方を歩いていた。